匿名さん 2022-08-21 15:03:38 |
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それなら外で、
(話が終わるまで待っている。そう口答えせんとする最中に投げて寄越される白銀の煌めきへいとも容易く注意を奪われては、言葉を切って放物線を描く硬貨を掌に受ける事のみに専心し。無事その微かな重みを手中に確かめる頃には黒衣は暗がりに足を踏み入れ、呼び止める間もなく奥の路地へと消えてしまう。あの角砂糖の如き万能食を口にする姿を見掛けなくなって久しいが、今日は単なる栄養補給を食事に代えるつもりなのか、それとも情報屋と卓を囲むつもりか。独りの昼時に不思議な心地のする程度には当たり前となった品目の監督に思いを馳せて無人の空間へ視線を投げ掛けるも、甲斐あって健康優良児となった体は蓋しそろそろ腹部から切なげな訴えを上げ始める時分。握り締めた銀貨を五指を開いて見て、通りの方へと顔を出してみれば、屋台でサンドイッチが売られているのに目を付け早速貨幣を差し出して。食糧と釣銭をそれぞれ片手ずつに持って簡素な木製のベンチに腰掛け、静かに迫り来る異変も知らず癖で栄養価を目算しながら少し硬い茶色のパンに齧り付く。「――いいな、いいなあ」幼い声がいやに明瞭に聞こえたのは、時課の鐘の鳴る前だったか、後だったか。聞き覚えのある甘えた響きに振り向くと、くるくるとカールした頭髪にそばかす顔の少年がそこに佇んでいて。孤児院に居た年下の、と当時と変わらぬ7、8歳程の容姿で現れた彼に驚愕した次の瞬間、後ろ手に隠し持つ〝それ〟がはにかむように掲げられて更に目を見開く。「これ、頂戴よミシェル。ねえ、いいでしょ?」透明な小瓶の中で輝くのは、画材屋で己がねだった金の顔料。はっとして持ち物から箱を取り出し中を覗くと、それは――間違いなくそこにある。……ある、のだが。陽の光に当たっても吸収するばかりとなった粒子は先の代物とは似ても似つかない漆黒。「……それは、だめ。返して――」動転しながらも取り返そうと伸ばした腕は嘲笑うようにひらりと躱されて、指先はむなしく空を切る。追いかけっこでもしようというのか燥いだ声を上げて逃げ去る小さな歩幅に一体何が起こっているやら理解出来ず、不穏な気配だけは肌で感じつつも後を追わずにはいられずに。食べかけの昼食をベンチの上に残して立ち上がり、癖毛めがけて走り出すなりホルダーから短杖を引き抜いて正面に構え。しかしその行動にポーズ以上の意味は無く、地下室での惨劇の二の舞を恐れて結局は自らの足で捕捉することとなるだろう。早く片を付けて戻らなければと逸る此方の気持ちに反し、謎の子供は姿を現したり消したりして翻弄しつつ、何処かへ誘うように軽やかに駆ける。小路を抜けて角を曲がった相手を見失わぬようその先に飛び込んだなら、開けた視界に広がるのは何故か夜市で。不審に思って靴音はやがて歩くにしても遅いリズムへと変じ、周囲を用心深く見回しながらより明るい方へと爪先を出し続ける。既視感に勘付くのが遅れたのは、或いはそのせいだったかもしれない。数秒振りに正面へ向き直ると、眼前には鎖に繋がれた傷だらけの奴隷が、彼の縋るような眼差しが、あの日の悪夢のような情景が生々しい実感を伴って蘇っていて。大きく跳ねた心臓は痛い程鼓動し、呼吸もままならず洩れるのは嗚咽のようなか細い震え声ばかり。遥か前方に盗まれた顔料を捉えても最早そこから一歩も動けずに、ただただ自責の念に苛まれ突き動かされるまま杖を握る右手にぐっと力を込めると、膨大な魔力の奔流を内に感じ)
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