匿名さん 2022-08-21 15:03:38 |
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……魔力とは、血液のように常に体内を循環する脈動だ。今から手の甲を流れる俺の魔力を標として、その不可視の循環を、心の臓に重なる不可触の内蔵を知覚しろ。
(身体と精神、その双方の弛緩が難しいようであれば何かしらの対処をとも思案していたが、思いの外すんなりと着座し瞑目する相手からは緊張の糸が既に解かれているのを感じ取り。その薄暗い経歴からは些か不自然と評せるだろう警戒心の低さに自然と裏にある信頼をも悟れば一抹のむず痒さを胸中に抱えつつ、静寂を崩さぬままその場へ膝を折って。トン、トン、と下ろした杖で地を打つ事によりメトロノームのような硬質の導入音を作りながら、「触れるぞ」という短な声掛けの後にもう一方の隻手を相手の手の甲へ軽く重ね、それを起点に僅かながらも瞭然たる熱を孕む己が魔力を少量流し込み。平素よりも幾許か低くゆったりとした声音には一種の催眠効果を伴わせており、緩やかにその意識を半醒半睡の状態へ導く事でより彼自身の内部へと意識を没入させようと。その深層部に潜む物は常人とは比べ物にもならなければ当人にとっても正に得体の知れぬ命脈の源泉、それを初見で飼い慣らすなど至難の業であるだけでなく、他種族よりも魔力量の乏しい傾向にある人間種においては稀有な事例といえど、逆に取り込まれて帰還を果たせず一時的に発狂する者もいる程。しかしながら、よもや自身が傍らで導いておいてそうも粗末な遺漏など有り得る筈もなく。相手が順当にその青緑の眼を開いたなら、その視界にまず収まるのは少々複雑げに口辺を緩め形式としての言祝ぎを紡ぐ己の姿と、開花前の彼では知覚すら叶わぬ程に儚く極小な微精霊達による溢れんばかりの歓待を示す数多の彩り。そして本棚へ無言で納まる書物の一冊一冊毎に宿る濃密な、あるいは悍ましき魔力の満ちる気配にこの書物庫の異質さが改めて知れるだろうか)
それに、今は無理に触れなくていい。遠目にでも自身に流れるもう一つの血脈を、異端の臓腑の在処を得たなら……さあ、此方へ帰ってこい。――ようこそ、魔術の世界へ。
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