匿名さん 2022-08-21 15:03:38 |
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……いえ。……、……辛抱はしていないと、言いたくて……。
(迷いのない足付きで遠ざかり見失うかに思われた黒のローブが此方を振り返ると、伝承遊びのようにぴたりと動作を止め、自ら追駆したにも関わらず意外そうに上瞼を持ち上げ。主人から向けられる奇異の眼差しは尤もで、自身でさえも席を立った理由を探り当てられずにいては、用件を問う声に返せる答もなく。そんな内情を斟酌してか痺れを切らしてか、より詳細な情報が先んじて開示されるも、腑に落ちない感覚のために数多ある可能性の内から一つが消し去られたのみで、生活環境に希求する条件にも特別心当たりが無ければ、ささやかな響きに反して確かな否定を示す二音を発して。ただ引き取り先へと移った後に奴隷の身から解放されるという話は少なからず耳に残り、将来に何も期待せぬようにと己を縛り続けていた心の鎖を僅かばかり緩ませる。無自覚に綻んだそこから滑り出た言葉は、幾度となく身の縮む思いを味わった此処での生活には不似合いに感じられるものの、口に出してみれば不思議と腹落ちするようで。慣れぬ自己表現に生命の危機に瀕した際と変わらぬ速度の鼓動が胸中で鳴り始めると、俯き加減に主人の靴先へと目線を落とし。努めてゆっくりと息を吸い込んだなら、〝引き取りの交渉を〟とも〝残りの一月も〟とも言わないまま、先刻同様言葉足らずに挨拶のみを述べて)
……よろしくお願いします。
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