狐の面 2022-06-16 12:41:30 |
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なに、気にするな。些か戯れの一種にも過ぎん──目の色と着物が似合っているな。着物ばかりでは窮屈だろう、洋服を頼ませよう。後で付き人の柊にでも頼みなさい。
(無駄に広く使わない部屋の多いこの家は昔こそ大人数の人々が居たもののそれも今はもう過ぎた話。無駄に広いのに嫌なほど息が詰まるような感覚に陥るのは、この箱の中にある重い思いが塵に積もっているからこそなのだろう。重くまとわりついて誰かの思いは次第に念へと変わり、時折“その姿”を現すこともあるが新しい花嫁がやってくるとその人々の念はさらに重くのしかかり余計に息が詰まるがこればかりはもうどうしようもなく致し方ない。しかしその念が、花嫁にまとわりついて気が触れてしまわないかだけか心配の種。それでも今はまだ大丈夫なのだから余計な心配というものは良くないものだと雑念を振り払ったところで相手の着物姿に手を伸ばして軽く皺を直してやりながら、こうも堅苦しいものばかりでは体が疲れてしまうかと考えて少し天を見上げながら提案をひとつした所で、襖の向こうで感じていた気配がひとつ動く。掛けられた声に短く返事をしては立ち上がり固まった体を伸ばしては眼下にいる小さな相手の片手を引いて部屋を後にすると数歩前を歩く使用人の後ろをついて行き。向かった広間へと入れば庭が眺められるように開け放たれた襖と窓、テーブルに並ぶ料理はこれまた無駄に豪勢で量も多いが幾分腹が減った今の状態ならば全て平らげてしまえる程に少なく思えてしまうのだから不思議なもので。いつもの定位置に腰を下ろしては胡座をかいて、軽く手招きをして相手を引き寄せると左足の上に乗せる形ですっぽりとそこに収めてしまえばどうやらこの体勢が気に入ったようで満足気に頷き相手を軽く支えていた左手を離しては顔の前で両手を合わせて、ぽつと言の霊に載せてそれを呟いては箸に手を伸ばして)
では頂こうか。──いただきます。
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