狐の面 2022-06-16 12:41:30 |
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【女中】
しかし………いえ、なんでも御座いません。
花嫁様、午後の稽古に遅れる事が無いようにご注意下さいませ。
では、失礼します。
(人外故か目の前の彼から放たれる怒気は苛烈で冷たい炎のようにも感じる。だが、自分とてこの家で生まれ育ち巫家の者に相応しいと思われるだけの──それこそ、花嫁として選ばれたあの少女と同様に稽古や座学を血の滲むような努力をして今こうしてその結果が認められて、花嫁様の教育指導係にまでなれた。それなのに目の前の彼女には自分の時と違って「味方」がいる。たったそれだけの違いなのにザワザワとした胸のムカつき、思考は負の螺旋へと落ちていく。そして何より彼が放った【学校】と言う単語。学校なんて行かないに決まっている。いくら義務教育期間とはいえ、あの少女は既に巫家の者。義務教育で受けられる以上の教育をここなら受けられるし、そもそも稽古で忙しくなる彼女にそんな時間を取らせるなら稽古を1つ増やした方がマシと言うもの。それを口に出そうとして1度口を開いたが、唇は何の音も出さずに再度閉じる。これ以上は不毛な言い合いと言うやつだろう。ここは引き下がろうと頭を恭しくさげ、黒い髪が肩を伝って音もなく滑り落ちるのを視界の隅で認めながら最後にチクリと釘だけ刺して広間の外へと出ていけばスっと障子を滑らせて閉めると、背筋を伸ばし綺麗な所作で立ち上がれば広間を後にし)
【巫 菖蒲】
えっと……あ、ありがとうございます。
それと嘘をついてしまって申し訳ありませんでした。ご気分を害されたと思います……次からは御言様に嘘を付かないように心に留めておきます。
(女中が広間を去って再度御言様と2人きりになれば、しばらくはモジモジとして何処か居心地悪そうに視線を泳がせていたが、覚悟を決めたのか作法も何も感じられない─ただ、謝らなければと言う気持ちが急いてしまいガバッとだいぶ勢いのある仕草で頭を下げれば、所作とは裏腹に言葉はツラツラと出てくるが心の中にあるのは「嫌われたらどうしよう。出ていけって言われたらどうしよう。」である。自分のどこか艶を取り戻しつつもまだまだパサついた髪が重力に従って下へと流れるのも気にせず、御言様の次の言葉はどんなものかと緊張と焦りとで肩に余計な力が入っていると気付きながらも頭を下げたまま反応を待ち)
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