匿名さん 2022-05-28 14:28:01 |
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(ヴィヴィアンのうっとり安らぐ様子を前に、そっと無言で……いつもどおりの寛いだ顔を被り直す。何も偽るつもりはない。春の雨の日のあの教訓、違和感を見過ごしたせいで大惨事になった記憶を、そう易々と忘れちゃいない。さりとて、あの少年がくれた花を何だか妙に感じたところで、ギデオンのそれは所詮勘である。半面、プロのヒーラーであるヴィヴィアンは、自分自身の専門知識とよくよく照らし合わせることで、きちんと安全を確かめているのだ。その上で、村の子どもの思いやりに救われているのなら……昨夜のあの事件の後なのだ、水を差したいわけもなく。どうせ後で、念のため程度に調査をするつもりでいるのだ。それまでの間、自分が密かに気をつけておけばいいだろう。
故に、相手のおねだりに、甘く穏やかなまなざしを注ぎ。「もちろんいいさ」と返しながら、長い指を絡め直し、その震えごとぎゅうっと包む。朝日の差す中、白い漆喰の塗られたフィオラの家屋の寝室で、今この時間はふたりきり。けれど、一度ここを出たなら、またしばらくは職務を第一にせざるを得なくなるだろう……ヴィヴィアンもそれをわかっている。だからこれは、お互いのためのお守りなのだ、と。)
だが、依頼の報酬は……全部前払いで頼む。
それ以外は……ん……受け付けないぞ……
(──そうして。甘い甘い先貸しを、心行くまでたっぷりと堪能してから……四半刻。さっぱり装いを整えたふたりは、村の広場に顔を出してから、西側にある農場に足を運ぶことになった。
今は祝祭の期間ということで、炊事周りの労働は手出し無用とされている。だから代わりに、井戸水を汲んだり、薪を割ったり、或いは祝祭に関係なく、家屋の修繕に必要な医師や丸太を運んだり……そういった労働をこなして村に奉仕をするというのが、滞在中の務めであった。とはいえ、後の事件があった今は、ギデオンはできるだけヴィヴィアンとともに動きたい。それを踏まえて、今朝はふたりとも、村に幾つかある家畜小屋のひとつを掃除することになったのたった。新米冒険者がよく駆り出される手軽な依頼と同じと思えば、なんだか懐かしいものである。
「アンバルにシジェノを運び入れておくれ……」。ふたりに仕事を命じたのは、この辺りの古い小屋を管理しているらしい、しわくちゃの老人だった。太陽に焼かれた肌は濃い褐色でしみだらけ、数百年物の樹皮のように皴が多く、とうに足腰が曲がっている。数歩歩いてもひと息つくほど衰えている様子だが、それでも仕事をやめようとはしない。ギデオンもヴィヴィアンも、その姿に敬意をもって、積極的に手伝いをしつつ、彼の領分を侵さぬように心がけた。老爺が頻繁に使う聞き馴染みのない語彙は、どうやら村の古語らしい。最初こそ少し困ったが、やがて身振り手振りや雰囲気から、だいたいの意味は汲み取れるようになった。──だからこそ、わかりたくなかったものもある。「あれはおまえのココシュカだろう」。雌鶏たちに餌をやるヴィヴィアンを眺めながら、椅子に座った老人がそう話しかけてきた。ギデオンは、熊手片手に一瞬だけ考えた後、言葉が通じないふりをして聞き流すことにしてみたが。それでも、尚も老人は続けた──「良いヤヤを産みそうだ。産めるだけ産ませておきなさい……」
──さて、その長寿の老人曰く。祝祭三日目を迎える今日は、ラポトと呼ばれる特別な儀式を行うことになるという。詳しいことは掴めなかったが、今朝の村人たちがモロコシ粥を煮ていたのは、それに使うためだったらしい──そういえば、無邪気につまみ食いを挑んだ子どもが、とんでもない剣幕で叱り飛ばされているのを見た。「お前たちも来なさい」と、そう呟く老爺の顔が、どこかおかしな無表情に見えたのは気のせいだろうか。「おまえたちこそ来るべき儀式だ。ヤヤがなくては……意味がない……」。
老人の謎めいた言葉に首を傾げつつ、ふたりで農場を引き払い。朝食にあずかった後は、儀式が始まるその時間まで、冒険者としての本分……この辺りの様々な調査へ、各々乗り出すこととなった。ギデオンとヴィヴィアンは主に、自生している薬草の確認だ。今後の調査でどんな物資を現地調達できるかという、地味だが欠かせぬ任務である。レクターを通じて事前に禁足地帯を確かめ、問題のない箇所を、ヴィヴィアン手動で見て回る──その前に。相棒の望んだとおり、例の少年を探そうか。皮革の鎧に魔剣という、いつもの戦士装束に着替えてから、村の周囲を見渡して。)
あの子ども……具合が悪そうな様子じゃあなかったんだが、昨日の昼も、今朝の朝食でもいなかったはずだ。
……同い年のやつらに聞いてみるか。
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