匿名さん 2022-03-14 00:31:01 |
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( 敷島家の程近く、細かい道を聞こうと尋ねた家の老婦は自らを敷島家の元女中だと名乗る。それは幸運と喜んだのは最初だけ、呆けかけた彼女に四半時程 敷島家での思い出話に付き合わされ、果てに何をどう勘違いしたのか「あんなにお小さかった櫻子お嬢様に、こんな立派なお婿様が」と涙ぐむのを聞けば、流石にずるっと体勢を崩しかけてから、柾の奴 妹がいたとは聞いていなかったが、と内心首を傾げる。
「柾様とお呼びした時期もありましたがね、やはり女の幸せは」と続いた言葉に「はっ?」とつい腹筋から声を出してしまい、驚いた様子の老婦に失礼、と咳払いをひとつ。「ハツさん、柾は……敷島家の4番目は息子だろう。」他の誰かと混ざっているのでは無いかと尋ねる明人に、櫻子が素直に結婚を受けいれたと思いこんでいる老婦はきょとんと一瞬目を見開いてから「嫌ですよ、」とくしゃりと笑って、櫻子が明人と同じ士官学校に通うこととなった経緯の一切を語った。
あまりの衝撃に一瞬息をするのも忘れて咳き込めば、老婦が差し出してくれた茶を震える手で流し込む。多少呆けていても名家の元女中らしい旨い茶に落ち着きを取り戻し、かろうじて何とか挨拶をすればフラフラと外にまろびでた。
一番に疑ったのは先程の老婦が見た目よりずっと呆けている可能性、その希望的観測を信じようとすればするほど、入学からずっと同室で暮らしていたはずの親友の着替えを見たり、共に風呂に入った記憶が無いことが思い出されて頭を抱える。長兄に代わってという動機も柾の言動を鑑みれば信憑性が高いだろう。ずっと柾は同室の、それも親友である自分にすら相談せずに──そこまで考えて「同室の男なんて、一番言えるわけないってことか」親友に自分を襲うかも知れないケダモノ扱いされている。舗装すらない道にしゃがみこみ、辿り着いた結論がぽつりと漏れたのと、明人の中で何かが崩れる音がしたのはほぼ同時だった。
それからどう帰ってきたのやら、気がつけば寮の部屋に1人、傾いた日とひぐらしの声に約束を思い出し、ハッとして立ち上がれば丁度同室の親友が入ってくるところで。まだ頭は全く整理がついていないが、それでも昼間よりは多少落ち着いたようで、一番最初に出たのは謝罪の言葉、もう一度ベッドに座り直し項垂れるように頭を下げると、ベッドの軋む音がやけに大きく聞こえた。 )
柾……っ!すまない!迎えに行く約束……破ってしまったな……
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