匿名のなめ 2021-12-25 22:01:06 |
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※こちら、ふと思い立って書いてみた幕間のようなものです。時系列は、初対面時の数時間から数日後。捏造が多々ありますが(なのでアレクについてもこの先ノナメ様側で捏造いただいて全然大丈夫ですむしろ大歓迎です)、これからシャルと親しくなって彼女に甘くなっていく前のアレクの様子のひとつとして、暇つぶしにでもおつまみください。
完全趣味ゆえ、ご感想やお返しを求める類のものではございません。先ほど投稿した背後の挨拶含めて蹴り可ですので、お気遣いなく!
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「厳密にはうちの女じゃないから、いくらでも手はつけ放題だぞ」
遠くくぐもって聞こえる喧騒の間から、笑いの滲んだ声が聞こえた。
直後に銃声一発。電話越しでも耳をつんざく甲高い悲鳴が上がり、ガラスの砕け散る音が響く。
「その辺りの〝お代〟も踏まえたうえでの人選だからな。だがくれぐれも、使いものにならなくするのだけは勘弁してくれよ。あれでもかなり重宝してる」
「……あのなりを見て、そんな気を起こすものかよ」
煙草の火を灰皿で潰し、ため息一つで苛立ちを押し殺した。
ギャランテのなかでもこいつは比較的に気さくな男だが、それが過ぎてかえって疲れるのも困りどころだ。
ソファーに腰を下ろし、こめかみに手を当てる。
「御託はいい、さっさと話せ。ペーチャはどういう人間だ?」
「19歳。ルーツは日本。7、8年ほど前だったか、『スピーヴ』で自分をオークションに出してたのを、シモンが拾いあげてきた」
「ダークウェブの人材販売サイトか。……そのころはまだ子どもじゃないのか?」
「そう。日本の養護施設の化石みたいなパソコンから、死ぬ気で這い出てきたらしい。あれは絶対に捕まえておけってあいつがうるさいもんで、わざわざ面倒な養子縁組や袖の下を通してまでこっちに引っ張ってきたんだよ。でもま、大正解だった。4年前のあの大掛かりな脱獄作戦の軍資金、だれが調達したと思う?」
「……」
心当たりを覚え、当時の記憶を細かに探る。
あの頃は確か、デンマークの大企業の口座から一億ドル相当の金が消える事件があった。手垢も足跡も何一ひとつ残さない完全犯罪、しかしその企業の不正のオンパレードを白日の下に晒す置き土産だけが堂々残されていたこともあり、随分世間を賑わせていた。
だがあれは、半年ほど経って、世界的に有名なハッカー集団の仕業だと警察が結論付けていたはずだ。
「察したな」
愉快そうな声。同時に、相手が立ち上がった気配がし、移動する物音も聞こえてきた。
向こうが随分騒がしいからだろう。手負いの獣めいたひとりの男の呻き声、それを冷やかすような複数の笑い声、それに何やら金属棒やらドラム缶やらを扱っているらしい音が、こちらにもずっと届いている。
響き具合からして、通話相手がいるのはどこかの広い室内らしい。が、そこで何をしているのか邪推するのは放念しておくことにした。
「あれの立役者がペーチャだ。彼女のそういう実績は、ほかにもいくらでもある。ここで言えないようなものもな。おまけにプロ意識も一流だ。仕事を落とすこともなければ、成果は毎回120%以上のものをきっちり仕上げてくる。ハッキングとクラッキングにかけちゃ掛け値なしに天才だよ。ま、問題がないわけじゃないが」
「というと?」
「甘ちゃんなんだ。惜しいほどにすこぶる甘い。彼女はうちの飼い猫になって尚、人の心を捨てまいと頑張って、自分の有能さを盾に仕事の選り好みをしてる。そのおかげで古株のハッカーと食い合いにならずに済んでもいるが。しかしまあ、いかんせん健気だよなあ……どうせいずれは火付け役に慣らされるしかないのにさ。うちに関わるってのはつまりそういうことだって、早く学んでほしいもんだ」
「……なあ、嫌な予感がするんだが」
「おまえの物わかりの良さを、俺は本当に愛しているよ」
思わず眉間に皺が寄る。額に手を当てながらうつむき、深く長く息を吐いた。
、、、、
「その辺の情操教育までやれと……?」
「絶対ではないさ。その辺りはきちんとした依頼じゃないから、大した結果が出なくても別に問題はない。ま、お上はそれを期待しておまえを選んだみたいだ、ってのも否定はしないが。いったいどうやってあの爺さん連中を誑し込んだんだ? 俺にも教えてくれよ、おまえのそういう手練手管」
「死ぬほど面倒くさいんだが……」
「諦めてくれ。ペーチャに必要以上の金をかけるわけにもいかないんだ。少なくとも2ヵ月はおまえのところにいさせなきゃならない。何せ、ヘマやらかしたバカの尻ぬぐいでこっちは大変でね。今もヤキを入れてるが、それでどうにかなる問題じゃなくなっちまってる」
ああ、と妙に合点がいった。鈍く響いている苦悶の声に聞き覚えがあると思ったが、道理で。
今拷問されているのはギャランテの下っ端だ。名前は覚えちゃいないが、何度か顔を合わせたことがある。自分のファミリーのやりかたをよく知っているだけに、自分がどういう末路を辿るか否応なくわかってしまい、恐怖のどん底にいるのだろう。……同情はまったく沸かないが。
「そういうわけで、しばらくはそっちで頼む。どうせお前も休みに入ってるんだろ。ペーチャのほうにももう数日は仕事を振ることもないから、彼女とゆっくり過ごしてくれ。というか、今彼女はどうしてるんだ? 家だろ?」
「シャワー中だ。じゃなきゃさすがにこんな話はできやしない」
「女のシャワーは長いっていうよな。なあ、彼女は歴代の中で何番目くらいになるんだ。ジャクリーンが2時間とかだったよな?」
「……とりあえず、ペーチャについておまえが言える情報はこれくらいということでいいか」
「まあな。彼女はあくまで飼い猫で、うちの身内じゃない。だからとりたてておまえに隠しておくようなこともないよ。ああでも、ひとつだけ」
相手が歩きだした気配。そういえば、呻き声が途絶えているのにふと気づいた。ほかの男たちの笑いさざめく声もしない。
「ペーチャはどうにも不安定なところがあるらしい。俺が直接見たわけじゃないが、過去に引き取らせたうちの人間の何人かからそういう報告が上がってる。養護施設育ちだし、まあそういうことなんだろう。自傷癖はないみたいだが、衝動的にいろいろ壊したこともあるという話だから、怪我は──特に両目と両腕だけは──させないよう心がけてくれ。折檻の程度は任せる」
真剣に聞き入っていた次の瞬間、ぱあん、と高い打擲音がした。次いで、先ほどまで私刑を受けていた男の、喉を振り絞るような情けない絶叫。まだ生きていたらしい。
顔をしかめ、携帯を少し耳から離す。
「……聞かずにいようと思ってたが、何してるんだ」
「ん? これか、そうだな。それこそ折檻だよ、愛ゆえの。俺がわざわざ出張ってきたのも、このお楽しみのためだけだったわけだしな。ほら、締まりが悪いと気持ち良くないの、おまえだってわかるだろ? まずは何度か鞭打って──」
「いい、いい。やめろおまえの変態話は。クソ、最後の最後で大事な話をしやがって……とにかく、わかった。もう切るぞ」
「ああ。再来月に飲みにでも行こうぜ、アレク。お互いの──今夜の──お楽しみの話でも──しながら──」
再び繰り返されはじめる、打擲音と男の悲鳴。聞き苦しさのあまり、何も答えず、無言で通話を切った。……耳を削ぎ落したい気分だ。
おまけに頭も痛かった。突然の来訪を受け、責任者の権利としてこうして確認してみれば、やはりペーチャは厄介な性質の女らしい。
情緒不安定な女、とはいえ雇い主の重宝する相手。そんな人間の面倒を見なければならないのは、正直気が重かった。彼女は文字通り世界を股にかけているのだ、桁外れの有能さを推し量れるだけに質が悪い。簡単に追い出してしまえたら楽なものを。
ため息をつき、天井を仰いだ。しばらくそうしていたのち、そばに置いていた箱を拾い上げ、ジタンの新しい一本を取り出す。
ライターで点火。深呼吸して、心地よいむず痒さをもたらす煙を肺のなかに満たしていく。目を閉じ、深く味わいながら、己のなかに澱のようにたまった雑念とともに吐く。ぼんやりと眺めてみればれば、白い渦はかすかな気流に乗って部屋の中を流れ動いた。……浴室の方へ。
「……」
切り替えるしかないと割り切る。どうせしばらくの辛抱だ。ギャランテのほうが落ちつき次第、新しい居候先のほうへ出て行ってくれるだろう。
しかし、それまでは自分の責任下。とりあえずなにか食わせるか、と重い腰を上げた。冷蔵庫にベーコンや卵が残っていたはずだ。パスタ一品で充分だろう、などと考えながら、キッチンに入っていった。
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>あのなりを見てそんな気を起こすものかよ
☆紛うことなきフラグ──……!
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