ビギナーさん 2020-11-09 08:35:35 |
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翌日の午前中、俺と絢世は事務所を訪れた。仕事の打ち合わせのためだ。狭い事務所の部屋に入ると、木下さんと社長がいた。
「おはようございます」
俺たちが頭を下げると、木下さんと社長も「おはよう」と返してくれた。全員が席に着くと、さっそく木下さんが黒い鞄から数枚の紙を取り出した。それを机の上に置いて、俺たちに見せる。
この間提出したアンケート用紙だった。
「覚えてるよね? 雑誌に載せるアンケートなんだけど」
「はい、覚えてます。ちゃんと好きな異性のタイプを書きました」
俺が頷くのを見て、木下さんと社長はなぜか苦笑いしていた。その後、社長がとても言いにくそうにしながら言葉を紡ぐ。
「ああ、うん……二人が真面目に答えてくれたのはわかるよ。でもねぇ、この回答はちょっと……書き直しかなぁ」
「え、なんでですか?」
「なんでって……自分の回答を言ってごらん、マサキ」
社長にそう言われて、俺は正直に答える。
「俺のために何でもしてくれる人」
「次、アヤセ」
「僕がいないと生きていけない人」
「はいダメー。こんな闇の回答、『Light』にふさわしくないよ。もっと光らしくしなきゃね」
社長の言葉に、木下さんが何度も頷いている。俺と絢世は訳も分からず、顔を見合わせた。結局、俺と絢世はアンケートを書き直した。マサキの好きなタイプは、癒し系で笑顔が可愛い人。アヤセの好きなタイプは、上品で大人っぽい人に変わった。どっちも社長が考えてくれたのをそのまま書いた。
書き直したアンケートを見て、社長は満足げに笑っている。
「うんうん、これでよし! 『Light』にふさわしい百点満点の回答だ」
「ふーん、これが『Light』なんだ……」
絢世が他人事のように呟く。木下さんはすっかり上機嫌になって、にこにこしながらアンケート用紙をしまった。
「それじゃあ、本題に入ろうか。実はね、『Light』の新曲を出すことが決まったよ」
「ほ、ほんとですか! すごい!」
興奮して、ぐっと身を乗り出す。待ちに待った3曲目。絢世も心なしかそわそわしていた。木下さんが話を続ける。
「それでね、『Light』の新曲を提供したいという方と知り合ったんだけど……フリーの作曲家をやってる田村さんって知ってる?」
「田村さん? いやぁ、俺は知らないですね」
「僕も知りません。有名な方なんですか? 代表作は?」
絢世の質問に、木下さんが「ちょっと待って」と手で制する。事務所に置いてあるノートパソコンを操作して、動画サイトにアクセスすると俺たちに見せてくれた。
「あった、これだよ」
知らない曲とタイトル。曲調はちょっと時代が古いような気もするけど、カッコいい……かも。
再生数と高評価も多いし、コメント欄を見ると特に女性からの人気が高いようだ。
「どうだい、すごいだろう? あ、そうそう。今夜、田村さんと食事に行くんだけど、マサキとアヤセもおいでよ。田村さんが二人に会いたがってるんだ。いいですよね、社長」
「もちろん! 田村さん、喜ぶだろうなぁ」
俺たちを置いてけぼりにして、木下さんと社長は盛り上がっている。かなり田村さんのことを気に入っているみたいだ。俺も少し気になるし、会ってみたいとは思うけど。
「絢世はどうする?」
動画のコメント欄に目を通している絢世に話しかける。絢世はいったん手を止めて、俺に視線を向けた。
「会いに行こうか。面白そうだし」
「決まりだな。木下さん、社長、俺たちも行きます!」
こうして、俺と絢世も同行することになった。夜になり、社長に教えてもらったお店へと向かう。
二階建ての飲食店、というかここ居酒屋だ。入って大丈夫なのかな。俺と同じことを絢世も思ったのか、怪訝そうに眉をひそめている。
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