千利 2019-11-18 20:32:11 |
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( 軽やかに、跳ねるように、そう、これはバレエ。薄暗くまだ肌寒い朝方、ぼんやりと灯るろうそくに照らされて浮かぶ自分の影を見てくすくすと笑いながら、先の見えない廊下の先を目指してくるくる、くるくると。新しく買った靴はどうにも私の脚が気に入ったらしく、とても軽くて跳ねやすい。地面に足を付けるたびに可愛らしい音を響かせて、そして何よりこの靴でくるりと回った時の、スカートのふわりとした広がりがとても可愛くて。外側に広がっていくスカートに合わせて両腕を広げて、つま先をツンと立てて、まるでこのまま宙に浮かんでしまいそうな感覚にふわりと表情までも綻ばせて。軽やかな体とこの靴でゆっくりと回転を抑えていき、僅かにくらつく視界に任せて頭を軽く揺らしつつ、そのまま廊下の先へつま先を向けて駆け出して。気分はウサギ、広い野を駆けるウサギのよう。僅かに上体を前に傾け、スキップでもしそうな勢いで勝手に走り出してしまう脚を制御出来ずに、上下に揺れるスカートを軽く押さえながら。──あぁ、廊下の先が見えてしまう、突き当りの扉が見えてしまう。どうにもかくれんぼが苦手なお客様のよう、軽く開かれた扉、金色のドアノブに分かり易くこびりついた赤黒い鉄の香りに、このゲームの終わりを感じてしまい少しの落胆と確かな高揚とが心臓をぎゅうと締め付ける。駆けるのも跳ねるのも好きらしい新品の靴を宥めてゆっくりと減速していきながら、最後には足音さえも立てずに、そう、客人のお部屋の前では淑女らしく淑やかに。息が上がる、心臓がドクドクと脈打っている。これは走ってきたからじゃないのよ、貴方とのかくれんぼが、鬼ごっこが、貴方との時間がとても楽しかったからなのよ。だからこそ貴方にありったけの感謝を伝えたくて。…そう、ノックをしなくてはいけない。最初から扉が開いているとはいえ、マナーは守らなければ。だって淑女は、そういう物なのだから。コン、コンコン。浮かれた気持ちを完全には隠しきれず、すこぉしだけ背伸びをして、見慣れた木製の扉をノックして。 )
──こんばんは、いらっしゃるかしら?…私の勝ちよ、狼さん。
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