匿名さん 2019-08-05 19:47:15 |
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( 君を見ていた。床に倒れ伏した君が寝ている時から、その瞳の恐怖を色を宿すまで、じぃと見ていた。その長い睫毛をふるりと震わせて目覚めた時も、微かな悪寒に細い体躯を震わせた時も、怯えた子猫のように部屋を見まわした時も、その大きな瞳を見開いて絵画の中の男を映した時も、その小さな口を開いて微かに息を吐いた時も。僅かに色付き瑞々しいその唇からその名が出た時、まるで鈴を転がしたようなその音の、まるで果実を舌で潰した時のような、なんと甘美な響きだろうか。目と耳から入ってきたはずの情報が味蕾を刺激し、思わずぺろりと唇を舐めてしまう意地汚さも、この野生も彼女に引き出された物と思えば悪くない。彼女に聞こえてしまわないよう込み上げる笑いは喉の奥で留めるのみとしつつ、揺れる体につられてさらりと顔に流れた横髪を手袋のつけた左手でかき上げて。──さて、彼女はいつ此方に気付くだろう。いつの間にか開いていた扉に、きっと彼女にとっての退路にどんな希望を抱いてくれるのだろう、あの瞳に希望を載せてきらきらと輝かせるのだろうか。…そして、音もなく忍び寄りその扉に触れる所か、彼女の希望である退路に立つ私は、その瞳にどのように映るのだろう。あぁ、気分はまるで、クリスマスの朝にプレゼントを捜す子供のようだ。未だ固まる目の前の彼女にわざと音を立てるでも声をかけるわけでもなく、今暫く彼女の様子を観察させてもらう事にしよう。彼女が美しい髪を揺らしながら此方へ振り向いて、その視界に私を収めるその時まで。 )
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