匿名さん 2019-08-05 19:47:15 |
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( …いつの間に眠ってしまっていたのだろう。重たい瞼をゆっくりと開いていき、少しの肌寒さにふるりと体を震わせながら、自分の横たわる床の柔らかなカーペットに確かめるように手を這わせ。理由は分からないが酷く重く怠い体を無理やり腕の力のみで起き上がらせれば、ぐらんと揺れた視界と酷く痛みを訴えた側頭部に思わず顔を顰めて額を抑え。ズキズキと一か所に残り続ける鈍痛を深呼吸で抑えつつ、周囲を見渡せば、どうやら何処かの屋敷の一室のよう。薄暗い雰囲気と対照的に古めかしくも手入れのされている、細やかな細工の美しい調度品の数々、鮮やかだが下品ではない紅色のカーペットは柔らかく、同色のカーテンが近くで揺れるロウソクに照らされて本来の色を照らし出しており。全体的にまとまりのあり気品の感じられるこの部屋で、一つだけ、そして一際大きく異彩の放つ異物。暖かなロウソクの火も視界に端できらりと光った銀食器も風景の一部とされてしまう程の存在感、嫌にでも眼を向けてしまう存在感、そして体の底から這い上がる悪寒と動悸。──黒い山羊。よく手入れされているのだろう、両脇に設置されたロウソクの炎でキラキラと光る金色の額縁に入れて飾られた、黒く巨大な絵画。その中にいるのは、黒い山羊。…いや、よくよく見ると、ただの山羊ではない。真横に引かれた瞳が恐怖を煽るが、おそらくこの恐怖の本質は別の場所。額縁と同じ金の色の装飾品で飾られた黒山羊の頭から視線を下していくと、そこには普通の山羊にはないはずの特徴。絵画であろうとも高価な品なのであろうと分かる気品ある黒いスーツ、手袋を履いたその中身は分からないが、ぱっと見て分かるそのシルエットは山羊の物などではない。そして黒の背景に溶けるように、しかし確かに存在している歪で巨大な黒の翼。山羊の顔に人の体、そして烏の翼。私は確かにこの存在を理解している、知ってしまっている。占い好きの友人が見せてくれたタロットカード、大アルカナ15番悪魔のカード。ぱっと浮かんだ、浮かんでしまったその名を、サバトの牡山羊の名を震える息と共に呟いて。 )
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