梔 2019-05-10 21:27:49 |
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>>榊
(紙切れ一枚と、その上に踊る僅かな文字を目で追えばあとの推測は彼持ち前の切れ味鋭い大脳が処理してくれる。訝しげな表情は暗に彼が情報を咀嚼し得たことを表し、茉莉花はその聡明な目に光が宿る度に思う。彼ほど理解力と理性を持ち合わせた逸材は簡単に存在し得ない。そして、それを所持するものがその力を、采配を振るうにあたって逃れることの出来ない、心の孤独感も。それが自分を惹き付ける実態なのだろうか。彼の瞳にフッ、と映る孤独感を埋めてやりたい、と加護欲を唆られるのだ。「兄貴、喋れんき止めとうせ。」びしびし、と頬に何度か加わる指突きに弟の梔は嫌な顔をしてそう切り上げようとするものの、兄の体越しに彼の姿を見た。特にその表情に目を奪われた。常ならば猛く燃える彼の闘志が目に映るが、今は零れ落ちそうな不安がその瞳を薄く覆っている。「…俺、は……いえ、自分は…」何といえばいいのだろう?『貴方が自分の短刀を盗んだと思っていました。』?いや、彼は盗んでいないと信じていた。…本当に?否、信じきれなかったからこそ、質屋を回っていたのではないか?そんな思考が口を閉ざしかける。「…自分の『酔鯨』及び『酒盗』が所在不明となり、探しておりました。…榊さんも疑いの対象とみなし、報告はしておりませんでした。…榊さんに疑いの目を向けたことが、何を表すかは承知しております。真に、申し訳ございません。」が、彼の瞳を曇らせてしまったのが自分であると分かった瞬間、罪悪感とも、改悟ともとれぬ気持ちに襲われ、腰に装備していた代替品のナイフを目の前に置き、その場に正座する。未だ武器は見つからず、何者の仕業かはわからないが、それでもやはり彼ではないと、彼の目を正面から見て確信を持ち、全てを話す。忍とは主に使えるもの…いや、それ以前に自分は梔として、彼をやはり信じるのだ。しかし、微かであれ、疑いを持ったことは禁忌を侵したも同然であり、その場で深く頭を下げる。所謂土下座だが、それでも彼の綺麗な目から今は逃れたかった。彼の双眸に自分の考えていた浅ましいことが全て出てきてしまいそうで、彼のことを疑ってしまった、その事の方が恥ずかしかった。『はは、ええ様やん。』リノリウムに額を添わせる弟を見るには些か明るすぎる声でその兄が笑う。『…坊。坊はえらいコイツのこと信用してくれてはるみたいで、正直嬉しいわ。おおきに。でも、よう見てみ?今聞いた話も含めてコイツのこと、ほんまに信用できる?』最初こそさも楽しげであったが、言葉を発するにつれ、目は、口は、笑みを失って。)
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