赤の女王 2018-06-06 13:39:59 |
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>ムカデさま
(しまった、と反射的に思った。表情も声の抑揚も大きく起伏しない彼の事を、こんな風に揺さぶりたい訳ではなかったのに。それでも優しい彼は馬鹿を言うなと突っぱねるでもなく、あくまで己の要求を呑むような解を渡してくれる。そんな気を回させてしまったなんて堪らなく呼吸が詰まる心地で"出過ぎたこと言うてすんません"と謝罪を口にしようと息を吸った瞬間、一拍早く彼の真摯さに打ちのめされ「こん国は美しい。見るもの全部がきらきらしとって、夢みたいに心地良ぇ。やから、綺麗ぇなだけやないモンにも触れたい__触れなあかんと思う」それもアリスの役割なんでしょう、続けかけた言葉はあまりに無粋と呑み込んだ。正直、森の神様たる彼がこんなにも敬遠するのだから好奇心に恐怖が追い付いている。だけれど本当に救えないほど愚かなのは、飛んで火にいる夏の虫も良いところだが彼と約束を結べた事がとてもとても嬉しくて「手ぇかかる"ありす"で堪忍!」胸の前で両掌を合わせ、指先を唇へ添えるようにして犬歯を見せてお道化るように笑った。宝物を打ち明けたとはいえ、彼からのリアクションを求めていたわけではない。ゆえに今は了承さえ得られれば万々歳で、味気のない肯定に心からの安堵をほうっと吐息に乗せて。大人は自分の弱みを見せずプライドを守ることに固執する者が多いと思っていたが、惜しげもなく弱点を晒してくれるものだから調子に乗って「ひなとが溺れとって、周りにだぁれも居らんときでも?」剣呑な内容には不似合いな楽しげな笑みを湛えたまま面倒な問いを投げてみようか。出会ったばかりでは雲の上の存在だった彼と、些細なものでも互いの事を共有できるのが堪らなく楽しくて「そう!真っ暗なんは怖ぇけど、お月さまとお星さまが明るい夜は寝ちまうんが勿体ねぇ」梟の会話に耳を傾けながらゆったりと流れる時間が恋しい。彼が話すことも苦手と言うなら、会話は要らないからと服の裾をクイと引っ張り「今度、こん森でいっちゃん星がよう見えるとこ連れてってなぁ」すっかり懐いてしまえば我儘のあかんたれを無理に隠すことも忘れて、取り繕うことなく素直な期待を双眸に乗せつつ返答を待ち。感情を声に乗せるのが苦手な彼だからこそ、少しでも言葉を聴けるのがジタバタしてしまいたくなるほど嬉しく、同時に人として愛おしいだなんて分不相応な想いが胸いっぱいに広がり「ひなとは、兄やんの前でなら惣雨介で居れる。有難ぉ兄やん、大好き!」それがどんなに幸せな事か、頓馬な己でも理解できる。彼が与えてくれた計り知れない喜びを全身で伝えたくて、ただ本能の赴くままに彼の首に両腕を回してつま先立ちにてぎゅうっとハグを。そのまま動物のように肩口へ顔を埋めて数回頬を摺り寄せた後、するりと腕をほどいて身体を離し「そろそろグリフォンさま帰ってきとるやろか。森ん出口はどっちやろ?」お喋りに夢中になっていたが、懐に仕舞った薬の存在に気付けばはっと我に返り。キョロキョロ辺りを見回しても似たような景色が広がるばかりで、元来た道を辿る事も出来そうになく助けを求めて彼の腕に触れて)
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