小説家 2018-05-27 13:15:22 |
通報 |
( 書斎に戻り筆を執れば、思い浮かんだ幾多の物語の欠片が忘れ去られてしまう前にと紙に文字をしたためて行き。書き物に没頭している間に時は経ち、気が付けば辺りは暗くなっている。春先とは云えまだ夜は少し冷える、書き物に没頭して身体を冷やさない様にと医師からいつも言われている事を思い出し、立ち上がりながら厚手の羽織を肩に羽織り。彼女は眠っているだろうか、起きて喉が渇いても大丈夫なように緑茶を淹れようと廊下に出ると台所の方へと。熱い緑茶を入れた湯呑みを持って静かに彼女の眠る部屋の襖を開けると中は暗く、よく眠っているのだろうと思いながら布団の傍に置いた湯呑みを交換して。暗い室内に湯気と墨の香りがふわりと広がる。寒くは無いだろうかと彼女に掛かっている布団を肩まで掛け直しながら彼女が起きている事には気が付かないまま、顔に掛かった髪をそっと耳に掛けてやり。やがて立ち上がり少しだけ障子を開くと明るい月の光が薄く部屋に差し込み、涼しい夜風が僅かに其の髪を揺らす。…月の綺麗な夜、闇に包まれてもその紅を主張する鮮やかな牡丹、冷たい風、紅い花のよく似合う少女──再び思考に沈んでいた意識は不意に己の唇から溢れた渇いた咳に遮られ浮上する。静かに障子を閉め、部屋に戻ろうと踵を返して。 )
トピック検索 |