【貪欲なペーゼ】MBL/溺愛

悪趣味な…奴め…。_____あぁ、折角の料理が冷めてしまう。
(こうなると分かって居ながら自らを貶めた己と彼では悪趣味なのは二人共々、唯一の問題は苦痛を伴う体の重みをどう処理すべきかと言う事。途切れ途切れに言葉を紡ぐ息は荒く、他のテーブルを囲う貴婦人にはさぞ不審に映ったであろう方々から不可思議な視線を寄せられても己の瞳が捉えるのは恋人のみ。頬へ伝わる刺激がより疼痛を与える事に彼は気付いているだろうか、その手に己の物を重ねたくとも鉛の如く指先一つ動かせないままに意地悪な足より運ばれる痛みは根を上げる程に劇薬を働かせ、噛み締め血の滲む唇から小さな呻き声を溢し眉を潜め。赤ワインに蒸された肉も綺麗に飾られた魚も己を嘲笑う様に目の前に佇み、それらを何食わぬ顔して堪能する彼を心から愛する自身が妬ましく震える手をゆっくりと銀食器へと伸ばし)

綺麗だよ、今日も。その苦痛に歪む顔も、震える身体も、…そこらの阿婆擦れよりよっぽど美しくて綺麗だ。
(眼前にて疼痛に苛まれる彼に贈る言葉は現状では非常に不適当なもの、それでも心の底から湧き出す嘘偽りの無い純粋な愛はこうして口に出さなければ気が済まない。何度も繰り返し言い聞かせる事で彼が臍を曲げず最良の選択をしたと誇りに思えば良いと言葉の中願いを込めては主に彼を白眼視する貴婦人らに緘黙の一瞥を。見た目こそ上品な振る舞いだが何しろ不器用な為ナイフで切り裂かれる肉の断面は酷くひしゃげ生々しく映らせる。構わず口内へ放り込み、甘美な赤ワインを流し込めば朗らかな心地となり気分も良くなるばかりで。惜しみ無く注がれ続けるワインを彼のグラスにも注いでやり、ミディアムで焼かれた肉汁滴る肉切れをフォークに彼の口元まで運んでやり二人のディナータイムを楽しみ)

…そんなに褒められては恐縮だ、この礼は必ずしてやる。
(目立たず自然に周囲に溶け込むモットーは何処へやら、彼の一瞥により更に不愉快な表情を浮かべる貴婦人らには後程席を立った際にでも微笑みかけ横を過ぎれば良い。数時間続くであろう痺れも幼少期からの訓練の賜物あって数十分で指先に力を入れる迄は回復し、優雅な見掛けから切り離された歪な肉を咀嚼し蕩ける旨味に痛む身体も幾分か回復したように思う。意思に従わない上半身を無理に起こせば疼痛は増し眉間に深く皺を刻み、ぎこちなく其でも元より器用であればこそ彼よりはましに震える手を動かし柔かな肉を切り分け得意気に口へ運ぶ脳内では素敵な贈り物を届けたかれに如何なる苦痛を与えようか北叟笑むばかり)

いいね、楽しみにしているよ。_____ところで、想定外の仕事って？
(予定では数時間の苦痛をテーブルに伏せたまま過ごしてもらうつもりが疼痛の襲撃を受けている筈の身を起こして食事にありつく一連の様子を目にすれば素直に感心する事他無く。惚れ込んだ男だけ有り心身共に豪然たる様は彼の恋人である事実を誇らしく感じさせてくれる、彼の口元に浮かぶ不穏を知らせる笑みでさえ心を躍らせてくれよう。先に肉料理を食し終われば次はアントルメとしてショコラがテーブルへと並べられて行く、ナプキンの内側の面で口元を拭いふうっと一息付き未だゆっくりと頬張る様子を好意を込めた熱い視線で眺めて。態々問いかける程気にもしていないが彼の一日を把握するのも恋人の務め、包み隠さず暴露してもらおうと和やかな表情で無駄な肉付けをしないシンプルな質問を一つ投げ掛けて)

俺の職業は知ってるだろうに態々聞く事なのか？まあ良い、今日のターゲットには苦労した。
(恐らく予想よりも早い回復に彼は驚き益々惚れてくれただろうか、否そうに違いない。彼の心を惹き付けるには身体が悲鳴を上げようとも構わない、柔らかく口内で溶け去る肉を食した後に痛みに耐え額に浮かぶ脂汗をハンカチに吸い取らせ。歯の食い込んだ唇を一舐めし広がる鉄臭い味には己の軽率な行動を反省せよと言われた様な、そんな物は生まれ年のワインで流して仕舞えば良い。率直な問に対して声を潜め手を焼いた経過を含ませた返答を、綿密に立てた計画の穴を突き反撃された苦い経験は袖で隠した左腕の切り傷に刻まれ。最終的に暗殺完了した事は言う迄なくともヘマをした己を彼は嗤うのか心配するのか、計算の先に答えの見えない内は袖口から包帯が覗かぬよう意識し続けなくては。ショコラを口へ運び深い意味合いは無しに美しい色彩を放つ彼の瞳を眺め)

そう、死なずに帰って来れて良かった。もういい、行こう？ハニー…
(興味など毛頭に無かった故に返す言葉も素っ気無いものとなるのは致し方が無い事、一先ず本日の彼を把握出来た事実に満足し、まるで身を案じていた様な口振りで話を締め括る。その実は彼を殺める支配者が未だに己であるという事を肯定付けられたものによる安堵でしか無く。ショコラへ手を付け始めた様子を確認して待つ理由も無くなれば馥郁とした香りを漂わせる花を飾ったショコラを一齧り、舌の上で堪能していれば何とは無しに此方を見つめる双方の瞳を視界に捉え。微笑みかけるその刹那、脳裏に過ぎる苦労という言葉。先程は聞き流したものの彼を煩わす者が爪痕を残さず暗殺される筈が無い、左腕の包帯さえ見てはいないものの一度脳裏を過った思想は悲しみとも怒りともいえない感情を生み出し、瞳には哀情を浮かべるが声色には怒気がこもりゆっくりと立ち上がり。歩く事も苛まれるだろうが貸す手は無く早々にカードで会計を、入り口付近で一度振り返り)_____君を脱がさないといなくなったんだ、意味、わかるだろう？

心の籠らない心配をどうも、最大のターゲットを目の前に残したままじゃ死にきれない。
(問い掛けた当人が愛想のない返事に社交辞令の言葉を添えただけとは些か酷いもの、態とらしく深々と頭を下げさぞ有り難い言葉を頂戴したかの如く振る舞う内心で数多の賞金を掛けられた首を必ず狩るのだと燃え上がり。食事を終え衣服を整え気分を害してしまった貴婦人方に微笑みと流し目を送る事を忘れずに、席を離れる動作こそ時間を掛けたものの劇薬を盛られた身など案じてくれない足取りに遅れを取るまいと立ち上がりテーブルや椅子の背凭れを頼りに彼の後ろを追い掛ければ入店と同様に呼吸が乱れ。流石に厄介な仕事の後に悪戯されたとあれば疲労が酷く、怒りか哀しみか兎に角静かに然し激しく感情を抱く彼の腕に向かって手を伸ばした時に更なる問い掛けが。心情を読み解く事も得意とする身で言い分を理解出来ないはずもなく、ただ余りにも普段の飄々とした態度から離れるものだから素直に頷く気にはなれず無表情に肩を竦め)
さあな…今夜は疲れた、あまり苛めてくれるな。

心外だな、苛めてなんかいないさ______ただ…、
(訓練を重ねた身とはいえ急激な動作にはついていけない事は知っての行動、見兼ねたウェイターや客が彼に手を貸すべきか己へと落ち着きの無い視線を向けてくるが残酷にも全てに断りの意を首を振って示し。最後まで彼が自らの足で疼痛に苛まれながら全力を振り絞り此方へと近付く様を冷淡な視線で見届けた後、伸びて来た二の腕を掴んで身体を引き寄せ撫でる様腰へと掌を這わせ漸くその身を支えてやる事に。彼はきっと分かり易い言葉で己の妬心を炙り出しているのかもしれない、哀れな程見当違いな思考は急速に駆け巡りどす黒い感情をふつふつと煮え立たせる。それでも彼を支える身は歩調をゆっくりと彼に合わせ、少しずつワインレッドが美しい高級車へと近付いていき。ある一定の思想を巡らせた時、脳裏に浮かび上がった新たな提案。己も彼も苦しむ事の無い素晴らしい一案に先程まで淀んだ瞳は恍惚とした光を取り戻し和かな表情へと変わって)…君が自ら脱げば良いんだ。君の愛が確かなものならきっと出来るはずさ！さあ、車に乗って我が家へ帰ろう！

人の親切を断る奴が言えた事じゃないだろ。ただ、何だ？
(手助けが欲しいのは此方だと言うに視線だけで一体どうしろと、自分で蒔いた種でありながら無慈悲な彼を恨まずにはいられまい。漸く得た支えが彼ならば悔しいかな愛するが故に彼の触れた箇所が熱を帯び歓びを感じてしまうのだ、端から見ると恋人の仲睦まじい姿に映るだろうか少しの仕返しのつもりで身体を押し当て体重を掛け歩調を更にゆっくりさせ。表情の変わり易い彼は己の発言に苛立ちを抱いたのか、はてどの点が至らなかったのかは不明だが無言のまま歩み彼の口から言葉が紡がれるのを待つばかり。愛車の登場に苦しみ乍の徒歩が終わった事に胸を撫で下ろし、何を思ったか嬉々と語る内容は捨て置き促されるまま助手席に深く腰掛け。薬とアルコールにより鈍痛の増した腕を撫で背凭れに身体を宜しく長めに吐いた息を整えた後、眠るでもなしに運転手には申し訳ないが瞼を下ろし待たせた相槌を打たねば。衣服をさよならしたとて彼の目的は身体に触れる事でないのは確か、それと同時に主導権がどちらにあろうと彼を拒めないのも確か)続きは何かと思えば下らない、俺がセスの望む事を拒む訳がないだろうに。

_______…俺の望む事なら？なら心の底から愛しているから、死んでくれと言ったら死んでくれるかい？
(彼の言葉は理想に近いからこそ、その先を追求させる魔性の誘惑となる事は自覚済みだろうか、そしてその誘惑に何の惜しみも無く魅了される己も既に堕落者だろう。血反吐吐いて手に入れた彼を骨の髄まで愛するが故の殺害欲求は性的嗜好にも近しいのだ。ドアを開けたまま助手席に収まる身体を見下ろし疼く腕を首にかけようとしたその刹那、運転手から戒めの咳払いを受け虚しくも伸ばし掛けの腕を引っ込めれば冗談だとばかりに肩を竦ませ瞳をぐるりと回してみせ。二人の愛の巣までと運転手に耳打ちを、勿論彼には何変わらぬ微笑みを向けて車は舗装されたアスファルトの上を音も無く走り抜け。丁度今宵は輪郭のはっきりとした満月の夜。月明かりに照らされ浮かび上がる漆黒の雲はなんと美しい事か、変幻自在に形を変えて行く様子を無言の中意味も無く眺め、我が家へ着いたのはそれから一時間後の事。街から離れた豪邸に車は停車し、再び彼を支えるべく助手席に回り込めば扉を開けて手を差し伸べ)さ、行こうかハニー。中でじっくりと君の話話聞いてあげるからね。



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一日空いてしまってごめんよ、許してくれるだろ？今日も愛しているよハニー。

その場合、虫の息になった所でお前の事を殺すさ。心中したいんじゃない、この手でお前の命を終わらせたいだけだ。
(サイコパスと呼ばれる異常者達は愛する者を永遠の愛に閉じ込める為に手を掛けるとか、その考えには深く同意出来るから彼の発言は悪くない。心の底から熱い物が込み上げる感覚は彼に殺されたいのと同時に彼を殺してみたいと興奮する証し、帰宅する迄お預けの世界観に浸った二人揃って注意を受けてしまったら肩を竦めて苦笑して。道中は特に会話もなく然し無音の空間が気にならない程に美しい月に目を奪われ続け。ふと月に向かって手を伸ばせば取れるのではないか、いや月は近くに居るように見えて届かない彼と同じ欲しくて堪らないのに手中に収まらない物なのだと。そんな思考を繰り返す事一時間、ドアを開ける音と共に現実へと引き戻す愛する人の手を取りすっかり痛みの消えた身体を外気に晒し小さく身震いを)その前に先ずは温めて欲しい、月の美しい今夜はよく冷える。



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気にするな、一日くらい何て事ないし都合の良いペースでとの約束だっただろ。俺も一つすまない、お前が運転席かと思って助手席に乗り込んだ事は謝っておく。

勿論構わないとも、ブルーマウンテンの珈琲でも入れてあげようか？それとも、ローズバスで芯から温まるかい？
(殺されてもらっては困る、というのが本音。彼の命を奪いたい程愛しているのと同時に何処までも自己愛の深い性分は歪んだ考えをいつまでも待つ事となるだろう。外気に触れた身を震わす彼に己の熱が篭るジャケットを掛けてやり玄関口まで指を絡め合い繋がった形で誘導するよう移動し、二人では広すぎる豪邸の玄関をそっと開いて。入った直後から金銀煌びやかな骨董品が並び、天井からはクリスタルで出来た大きなシャンデリアが垂れ下がり二人の帰宅を歓迎する。此れらが全て犯罪を犯し一度血に染まった品物であるというのは彼も恐らく知っているであろう。中には繰り返される略奪により数多の命を奪った品物も今は己の手の中、その透徹した美意識による犯行は最早芸術ともなり。一先ず彼を大きな暖かなリビングへと連れて行き、二つの選択肢を。前者は単純な親切心から後者は彼の全身を把握するための意図があるもの、彼がどちらを選ぶにせよ構わないと言った様子で握ったままの手の力を込め)



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有難う！君とのやりとりが楽しくて遅れてしまうと焦ってしまうんだ。いや、その件に関しては俺の読解ミスさ！かなり悩んだけどね、一応留守中に家を見てくれる者を雇う事にするよ、顔や年齢は、…まあ、そんなに重要じゃ無いだろ。

そうだな…迷うなら両方ともと答えるのが俺らしくて良いだろうか。
(少しの身長差でも随分と大きく感じる上着から殺したい程に愛し愛される存在の温もりを感じ取り、何時の間にやらロマンチストらしい発想も身に付けたらしく今度は寒さではなく幸福感から身を震わせているのやも。日常とは言えども恋人との時間は特別とあれば絡まる指に力を入れ導かれるままに豪華絢爛と言うのか気難しい芸術家のアトリエとも捉えられる豪邸へ、総額にすれば何軒の家を建てられるか何て発想はいい加減飽きたが何度見ても慣れない骨董品の数々に囲まれ。冷えた身体にバスは魅力的とは言え彼の思惑はそれとなく読み取る事は可能、となれば素直に頷く事なく名探偵がしそうな考えるポーズなんかを取ってみて最終的に導く答えは欲張りなもの。更に彼にからかわれたままで収まらない気をどうにかするべき、名探偵のふりをした暗殺者はもう一捻り。程よく鍛えられた彼の胸元から腰にかけて手を這わせ意地悪っぽく口角を吊り上げ耳元に顔を近付け)バスには一緒に入るか？二人でも十分な広さがあるだろ。



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焦らせるつもりは無いが光栄な事だ、むしろ此方が礼を言いたい気分になる。そうだな、金持ちの豪邸となれば使用人や運転手がいた方が自然。
ここは適当に流してくれて良いからな。

両方だって？はははッ贅沢者だなあハニー…___
(想定していた二通りのパターンを見事に覆した回答とユニークな探偵ポーズには一本取られた、実に愉快だと拍手交じれ絶賛し甲高い笑い声を上げ。敷かれたレールに沿わず敢えて外してかかる辺りが彼らしい、楽観的且つ成り行きな思考と行動の己を上回る一面にも惚れ込んだ要因の一つである。不意に胸元から腰までを撫でる積極的な掌に微かながら肩が跳ねたのは反射的ものか別のものか、馥郁とした香りが鼻腔を擽り体内まで響いて痺れのある熱を放つのを堪能する能天気さ、まさか揶揄われているとは知る由も無く、側にあるからという単純な理由で頬へ口付けを。ついでに繋がれたままの掌を親指でゆっくりと嗜めるように撫で。彼が求めるのは大いに結構、しかしながら求めるものを突き放したくなるのは愛おしい恋人への加虐心によるもの、また無駄に拘りの強い性分故に紳士服の下の醜態を見せるのは如何なものかと呻吟)どうしようか、君を咎めるつもりが俺まで制裁を食らうのは遠慮したい所だね。ハニーが曲線美の肉体を晒したいと言うなら考えて上げても良いけれども。

この家の所有者には言われたくないな、お前の方が余程贅沢で欲張りだと言うのに。
(求めれば突き放され追い付く迄待ちまた突き放す、それが彼のやり方である事は既に学習済み。煌びやかな盗品に囲まれる彼こそ最も手の届かない高価な代物なのだと、頬や掌への挨拶を受けても何処か近くて遠い存在を物理的には不可能ならばせめて視線で引き留めようと細めた瞳で捕らえ。さて困らせてやるつもりが返って惑わされる結果とは流石の一言に尽きる訳だが、此処は甘えるよりも自ら離れる方が効果的。加えて鈍い痛みを訴える不名誉な腕の傷を彼に見せない為にもふいに絡む指を引き抜きつい先程迄は熱く触れていたかと思えば身体を離し距離を取り、普段通りの冷淡な人形の如く無表情に落ち着き声色も幾らかトーンを下げ)いや冗談、バスタイムくらいは互いに一人になりたいだろ。

(己の性質を良く理解しているようで思惑通り離れて行く身体を目で追い掛け残された虚しさの残る腕をぶらりと下げ。何故突如熱が冷めたかのように冷淡な暗殺者に戻るのかはまだ理解が出来無い、恋人であろうと未だに彼の心情を読み解け無いのは鈍麻な思想かポーカーフェイスのせいか。ビーグルやバセットの様な猟犬と同様に本能に備わる衝動性や好奇心によって追求したいと訴えかける脳の司令塔により詰め寄る一歩に欲求が込められ、「一人になりたいだなんて、本当にそう思うのかい？」彼の時間を独占し尽くした筈でありながら胸のジグソーパズルにはいつも1ピース足りる事が無い虚空の隙間、命を奪えば嵌るだろうが今は既に嵌るピースを敢えて剥がされるような屈辱的気分に近しいものを感じるのだ。人差し指で綺麗に揃えられた髭をそっとなぞり、もう片手でセンサー機能を持つ携帯を弄りバスタブに温かな湯を)ならば直ぐに後を追うから先に清めておいで、一人の時間はそれで終い。

一人で待つには家が広すぎて寂しいか？
(時々何をどうしたいのか自分自身の言動が分からなくなる時がある、一つだけ確かな事は彼の前では冷静さに欠け調子が狂うと言う事のみ。彼の思考が読み取れず求められるものが分からなければ不安にもなる、一歩詰め寄れば相反する磁石の様に一歩下がり距離を保ち。彼の脳が活動する間は胸のざわつきは収まるまい、全身に血を巡らせる心臓をこの手で止めてしまえば冷たく無音となり己が飽きるまで傍に居てくれるだろうか。立派な紳士服に包まれ絶えず音を発する胸元にそっと手を当てその先に繋がる人の良い顔立ちと特徴的な黒子を見つめ。再び離した身体は方向転換し爪先はバスルームへと向いて歩き出し乍上着から腕を抜ききっちりと結ばれたネクタイを緩め、暫く彼の視界から姿を消す前にもう一言背中越しに)直ぐに戻る、酒でも飲んで待ってろ。

ふふ、寂しがり屋はハニーだろう？
(離れるのであれば追い掛けよう、逃げるのであれば原型が留められない程溺愛してあげよう、目には見えぬ枷を見守る様にバスルームの方へ消え行く背を最後で脳裏に焼き付け。身を翻し二人のムードを盛り上げるべく年季の入ったレコードにてクラシック調の音楽を、キッチンでは約束の珈琲を豆から挽きテーブルに二つ揃いのティーカップとポットを並べ、更にワイングラスを一つ用意しロゼの葡萄酒を置けば準備万端となる。軽やかな足取りでバスルームへと移動、中から聞こえてくるシャワー音に耳を澄ませながらバスケットの中にバスローブを二人分乱雑に落とし紳士服を剥いでいけばやる事は一つ。一人の時間を許す事にしたわけだがバスタイムを全てとは告げていない、タオルを腰へと巻き付けあれ程懸念した身体への生傷や古傷は気にする事なく湯気の立ち上げるバスルーム内へと侵入し)

俺の何処が寂しがり屋なんだか、お前の発想はまるで理解できない。
(夜風に当たり冷えきった身体に熱いシャワーは痛みを伴うが慣れれば温かく心地良いのだが、今日新たに作ってしまった傷は流石に痛いまま。傷口を放置し治りが遅くなるのは困ると意を決して泡立てた石鹸で丁寧に洗い。後は一人待つ寂しい人の為早く出なくては、いや暫しの一人の時間をもっと満喫するべきとも思える。意図してパーマを掛けたのではない髪は湿気を伴い普段よりも強くカールを描くのは悩み所、毎日のセットに苦労する髪に指を通しガシガシ乱暴に洗い。シャワーの音に紛れドアの開閉音が聞こえたような気のせいだろうか、湯気で白くなった鏡の曇りをシャワーで除去すれば彼の姿が。乱入するとは聞いてないのだが悪戯好きはこれだから困るのだ、咎めるべく事態に態とらしく彼の耳にも入る程に大きな音で長く溜め息を溢し)…何してる、互いに傷だらけの身体は晒さないんじゃなかったのか？

そうなんだけれども、それがどうでも良くなったといえばそういう事なんだ。
(大理石の上を流れる泡に足裏を滑らせないよう慎重に近寄り濡れた子犬の様な恋人を見下ろし毒の無い微笑みを浮かべ。意思が変わったのは彼が一人の時間を欲しようとする生意気な事態に原因があり今回は致し方があるまい、況してや身体を事細かく確認する目的があるのだからこれは必然的なもの。自身の懸念などは蒸気で視界も悪くなっているだろうと楽観的思考の元に何処かへ置いてきてしまった。無駄の無い肉体に見惚れながらふと排水口を見遣ればそこへ吸い込まれていくように流れる赤く細い川、それを辿っていけば矢張り腕に生傷を発見し上がった口角を下げ。シャワー音が煩く響く浴室内でシャンプーのぬめりによって光沢のある首筋から指を這わせて生傷へと、これは？と質問を投げかける視線を送って)傷を付けてくる事自体はどうでも良いさ。分かるだろ？それを隠そうとする事に罪があるんだ

意味が分からないな、発言を翻すのは止せ。
(何が楽しいのか湯気に邪魔される視界でもはっきりと確認出来る程の笑みを向ける侵入者を見上げ小さく首を左右に振り非難、敢えて誘えば断られ一人の時間を確保出来ると踏んだが現実は甘くなかった。綿密に立てた計画を容易く破られた上に傷を負った本日の任務について黙秘権を欲する口はムッと閉じられ、勝手に乱入した彼は無視したままにシャワーを手に髪を濯ぐ事にしよう。とは行かず僅かな時間に二度も辛酸を舐める思いをするとはひごろの行いが悪いと咎められる気分にさえなる。首への突然の訪問客には僅かに肩が上がり離れるのを待ち、続く視線に気まずさを覚えそっと目を伏せども言葉により明確に尋ねられては逃げ場はなし。こうなった彼には逆らわない方が身の為だと訴える本能に従ったが腹を括って開いた口から出る言葉は反抗的で)何故だ、恋人だからと言って全てを話さなくてはならない理由はないだろ。

言葉に誓いを立てた覚えは無いぜハニー、此れは全て君の過ちによるものさ。
(反抗的な言葉も可愛らしいが己の思想が絡めば話は別、視線は冷徹なものへと変化し一度下げたはずの口角を歪に引き上げ微笑みを貼り付ける。其れは許しを与えるものでは無く彼を罪の意識へと追い込むためのものとなろう。素直に謝意を表せば良いものを神経を逆撫でするのだからそれなりの躾も必要だと鮮やかな血と肉が明確に目視出来る生傷へ這わせた指先は周辺を囲うように撫で少し盛り上がった傷口を指で弾く。見る限り時間が経過した事により血小板が薄い瘡蓋を形成しているようだが、身体の生命維持による生理的反応であろうと己の許可無しに塞がれる事は気に食わず躊躇無く指を差し込んで無理矢理瘡蓋を引き裂き)なら、話さなくて良い理由って？隠して良い理由なんてあるのかい？じゃあ隠し通そうとするその理由はなんだ、教えろって

俺が何時どんな過ちを犯したか心当たりはないが。
(恐怖心を抱きそうな程に貼り付いた笑顔にも動じずポーカーフェイスを貫き通し、頭をフル回転させ思案してみたが傷を負った事を隠しただけで何故彼は怒るのかが分からない。否、彼は殺したい迄に己の全てを支配したいのだから隠し事を嫌うのは当然か。明日の朝になれば分厚い瘡蓋が出来るはずであった身体も驚いただろう、シャワーを浴び温まった傷から流れる血が彼の指を赤く染め己の表情を歪ませる。唇を噛み締め痛みに耐え、容赦なく続き責める質問にどう答えれば腕を解放して貰えるか皆目検討が付かない。眉間に深く刻まれる皺はそのままに流血する腕は拳を握り締め、残る腕で瘡蓋を破く彼の腕を掴み)…別に、好き好んで任務の失敗談を話したがる奴なんて居ないだけだ。

失敗？ああ…はは、君も失敗する事があるのか、俺に惚れ込むぐらいだから当然か。
(此の儘態度を改めない様ならばその平然そうな顔が苦痛に歪む程痛みを与えてやろうかと突き刺したままの指先に力を入れた所で理由を表す言葉に指先は止まり、掴まれた腕も呆気なく解放してやり。彼の事だ、暗殺は成し遂げた事だろうが手を煩わせる程の厄介者に負わされた傷となれば口を開きたがらない事も分からなくも無い、意識せずに皮肉を含んだ言葉と笑い声を零し肩を揺らして。今の発言で彼のプライドは傷付いたであろうか、もしそうであろうとなかろうとあまり重要な事では無く、己にとってあまりにもチンケな理由で隠し通していた事が堪らず笑いを誘ってくれる。あまり笑い過ぎても拗ねてしまうだろうかと未だににやけた表情を浮かべたまま、背後から腕を回し胸を背に押し付けて直接皮膚が触れ合うハグを。彼の血で染まった指先はシャワーにより流れて行くが残りだけでもとそっと血の付いた指先を舐めて)意地悪してごめんね、悪気は無いのさ。君を愛しているが故にどうしても許せなくて。

煩い、お前を油断させる罠で惚れた演技をしているだけかも…とは考えないのか。
(言わされた挙げ句皮肉を浴びせられては黙って居られず反発する言葉が連なり、これ以上プライドが音を立て崩れぬよう声高らかに笑うの唇に指を押し当て発言を禁じ。傷を広げられる程に黙っておきたい内容と彼は捉えなかったらしいが、傷を負った事自体ではなく完璧に任務をこなす事を良しとする己にとっては不甲斐ない負傷なのだ。独占欲の強い恋人を持ったが故の苦労は仕方なし、触れ合い伝わる温もりを決して手離したくないと縋る思いが勝るのがまた情けないが胸元に回る骨の削れた手に指を絡めて握り。ただ今は悔しさなのか口を聞く気にはなれず押し黙ったままシャワーの流水音だけがバスルームに響き)

_____それでも構わないよ、どんな形であろうと側に居てくれさえすれば。
(ハニートラップを得意とするぐらいなのだから現在の関係が偽りであろうとも何ら不思議では無いはず、こうして共に裸体を晒し合い密室にいる事が愛故で無かろうとさして問題視する事では無いと考えるのは価値観の違いなのか。殺害したい程溺愛する彼と真っ当な恋愛が今更出来るとは思わない、しかし偽りが真実となればそれも寂しい気もと珍しく憂いのある表情をして無機質なシャワー音に暫し耳を傾けて。遂に口を閉ざしてしまい無言を押し切る様子に揶揄いすぎたかと密着する事で身を濡らすが構わず湿った首筋へ口付けを落とし脈打つ頚動脈を辿るように鎖骨まで唇を這わせ浮き立つ骨を甘噛みし目立ったマーキングを。)俺はハニーを愛しているよ。腕に傷を付けてこようと、殺そうとしてこようと、変わらず愛している、大丈夫。

案外ドライな考え方をするんだな、お前なら何が何でも自分の物にすると思った。
(彼への想いがトラップだなんて真っ赤な嘘、それでも素直に好きと言えないのは生まれつきの性格が悪いのだから仕方ない。突き放す言葉を投げたのは此方なのに、何処か心に隙間が生じシャワーの音が酷く寂しい音色に聞こえ。鏡越しに見る彼の憂いに満ちた顔は美しく、また大半の人が経験するであろう一般的な恋愛の苦手な己を責めるようにも見えて。失恋した訳ではないのに心臓を鷲掴みにされるが如く胸の痛みに襲われ、それを誤魔化すべく髪を濯ぎ身体を洗い一通り順に清め。彼の愛は大き過ぎて全てを受け止めれば壊れてしまうでないか、首から鎖骨へ感じる痺れる愛に小さく声を上げ受け取る側に収まらず己からも与えたい。思い立った側から身を乗り出し特徴的な黒子に唇を寄せ)…言われなくても愛されてる事は分かるし俺もお前を愛してる。

…衣食住共に過ごし毎日愛を囁き続け俺の印を刻み付けて、君一人では生きていけぬように尽くそうともなかなか手に入らない、愛で縛り付けるのは案外難しいんだ、そりゃドライにもなるさ。
(彼の冷徹で感情を表に出さない顔に惚れ込んでから四六時中夢中になった当時を思い出し、現在、同じ屋根の下同居するまでに至る関係が構築されようと胸の底が満たされないのは感情が鈍麻しているからだろうか。言動で示さなければ汲み取る事を苦手とするのは高価な骨董品では無く人を対象としているからだと自覚をしているものの苦戦苦闘する日々は何ら変わらない、変える気もないのだが。未だ滴り落ちる赤が水に溶け合うのを眺め一層の事原型も無く二人が混じり合えば良いと脳の片隅で幻想を語り。目元への接吻を受け入れように静かに瞳を閉じ、紡がれる言葉に耳を澄ませて実に嬉しそうに口角を引き上げて、二人の心音が代わりに響き渡れば良いとシャワーを止め火照った身体を更に押し付けて正面から抱き締め。天井と彼の腕から滴る水音以外は静寂に包まれ、蒸気が互いを浮き彫りにさせるようにゆらりと揺れ動き)んー、後数百回は聞いていたいぐらいだ。

へぇ、そんな風に考えていたとは意外だ。お前は底抜けの楽観主義者かと。
(室内にずらりと並ぶ数々の骨董品よりも己を手に入れる方が難しいとの発言が自尊心を擽ると同時に意地悪な心も引き出し、くすりと皮肉めいた笑いを一ついくら彼を欲しても逆に欲しられても彼の物には決してならないと誓い。天の邪鬼な愛を受け入れてくれるかなんて心配はしない、相手の都合は考えずに押し付けてしまえば良いだけ。正面からのハグを受けるとは少しばかり驚いたのだが正直な所広げられた傷の手当をしたいし喉も乾いた、然しそんな欲求を彼に伝えては禁じられるに決まっている。数秒程そのままの体勢で好きにさせ、耳朶をかぷり痛みで現実に引き戻し思惑通りに事は運ばないのだと。瞬きののち上げた瞳は恋人ではなく暗殺者の冷たいものに、肩を押し二人の間に空間を生み出し)分かったから早く離れろ、俺はもう上がるから続きは一人で妄想でもしておけ。

_____何だよハニーちゃん、少しは酔い痴れてくれても良いだろ？興醒めしたみたいな顔をしてくれるな
(予定では彼の心臓を射抜き弱さを見せた己の枷に嵌り落ちるまでを想定していたがそう簡単にもいかず実に不服だと舌を打ち。名残惜しくも離れ行く身を止める事はせず、背から腕を伝い掌まで這わせた指先を掬うように手の甲へ最後の口付けを。まるで遠方へと旅立つ者に送るよう大袈裟にそして大胆に自らの餞別としよう。バスルームを抜ければウールのバスローブが用意されているであろう、更にキッチンには約束のブルーマウンテンが香しい匂いを放っている筈で彼を迎え入れる準備は整っている。焦る事も無くゆっくりと身を清め彼への不満はローズバスを楽しんだ後には汗と共に流れ行き、数十分後。火照る身に吸収性の良いウールを纏いバスルームを後にして)

悪いな、俺は元からこんな顔だ。
(申し訳ないが振り回すのが楽しいのだから仕方のない事、いや命を狙う暗殺者を恋人に置くくらいだから一筋縄に行かない方が互いに楽しめるのではないか。けれども当初と異なる展開が悔しかったのか舌打ちを背中で受け止め静かに扉を開閉し退場、傷を深くした本人が用意した物だからと遠慮しないでバスローブに袖を通し流水音が止まぬ内にバスルームからリビングへ。これまた用意周到に並ぶカップを一つ手にソファへ深く腰掛け手に残した口付けに己の唇を当てた事だけは隠し通したい所、自らの行動に小さく鼻を鳴らし香り高い珈琲をお供に刹那に与えられた一人の時間を満喫し。疲労した身体が温まれば自然と襲ってくる眠気から守るべくカップをテーブルへ避難させ、肘掛けに凭れかかりうとうと夢見心地に浮かぶは思考回路の読めない彼の笑顔。我が家で寛ぐとは言え暗殺者失格と言われ兼ねない無防備さでバスルームから出たらしい物音にも気付かず居眠りしたまま)

(バスルームと同様に大理石で出来た廊下からリビングに近付くにつれてレコードからのクラシックが鼓膜を震わしメロディに乗せられる様に軽やかな足取りで遅れてリビングに到着。テーブルに置かれた飲みかけの珈琲に瞳を細め、ソファに凭れ掛かる愛人に視線を移し。瞳を瞑り静かに寝息を立てる様子は仮にも己の命を狙っている暗殺者でありながら自身の命を惜しまず無防備な姿を晒す有様に嘲笑してしまう。近々彼の組織内を探索しようとしている事はまだ知らないだろう、愛する者を利用する形となるが心は痛まない、どうにでもなるであろうと屈託の無い微笑みを浮かべて彼の後頭部と膝下に腕を差し入れ抱きかかえて。そのまま寝室へと向かう事とし、畳八畳間は軽くある寝室の中央に置かれたダブルベッドへと身体を降ろしてやり側のランプを点灯。薄暗く照らされた寝室で己も横になればそっとシーツを掛けてやり)____風邪を引くよ、ハニー。

(任務をこなす間は抜けない気をすっかり抜いてしまうのは彼が本気で命を狙う事はないであろうから、ふわりと身体の浮く感覚に薄らと瞳を開け少しばかり身長差のある彼によって運ばれていると認識すれば重圧を掛ける瞼を上げたり下ろしたりの攻防戦を繰り広げ。彼が先に眠ったならばレストランのお礼でもしようかと懐に忍ばせておいたナイフは発見され没収されてしまっただろうか、夢の世界へ誘われた頭は徐々に冴えて来たが隙を狙うなら寝惚けたふりを続けるべきか。奇襲を仕掛けない限り無防備だったと笑われるに違いないが最も効果的なタイミングを図らなければ失敗するだけ、寝心地の良い柔らかな物に身体が沈む感触からベッドに到着したと判断し数回の瞬きして)____すまない、お前を待つ間に眠っていたらしい。

(静寂に包まれた室内で暗がりに照らされた透明感漂う白雪の滑らかな肌を眺めていた所瞳を開き覚醒した様子に気が付き、語りかける言葉に唇は閉ざしたまま灰青色の瞳を見つめて反応する様に瞳を細めやんわりと微笑して。外界からの音は無く密閉された程良く加湿され温かな空間で漂うはフレグランスの香り、眠気を誘うには十分過ぎる程。例え彼が寝込みを襲おうとも明日にはまた変わらぬ一日が始まっていて愛を囁く事になるだろうから元より薄い警戒心は全く姿を現さず、抜けて行く力と共に瞼も重くなり大きな欠伸を零して。彼も心身への疲労が溜まっているだろうと暫しの休戦をとゆったりとした瞬きで示しランプの明かりを消して)眠ろう、今日はお終い。また明日遊んでくれよ、たっぷり可愛がってやるから…

(薄明かりに暖かい空間にリラックス効果のあるフレグランス、そこにゆったりと話す彼の声が加わり呼び戻された眠気が欠伸を誘発し。暗殺者ともあろう者が居眠り出来る落ち着いた環境には感謝すべきだろう、隙を誘い出し息の根を止めるのでなく柔らかなベッドで眠れる日は家主の恋人になる迄は願望でしかなかったのだから。そんな相手が皮肉にもターゲットなのだから人生は複雑であり面白いのだなんて、眠気で朦朧とする頭を働かせ色々と考えてみたり。神経の張り詰める仕事をこなしたおかげで熟睡出来そうな程に重い身体の向きを変えて隣で休む彼を見つめおやすみなさいの挨拶を、言葉ではなく唇で頬へと伝え瞼を下ろし)そうだな、今日は疲れた…おやすみ。



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すまない遅くなってしまった。

(明け方に眠りから目覚め少し汗ばんだ身体を起こし隣で寝息を立てる恋人の額を撫でてからその場でバスローブを脱ぎ捨てバスルームへと。朝のシャワーは覚醒を促すものであり軽く浴びてから部屋一つ分はある自身のウォークインクローゼットにて紳士服を着用。本日の武器として麻酔薬と数本の注射針や拳銃を紳士服の内側へと隠して準備は万端となる。恋人を先に起こすか朝食を用意するかゆとりのある足取りで一先ずキッチンに向かう事として。唯一雇っている使用人には留守中の清掃と食材の補充をさせており食料には困ってはいないが朝食の支度にはいつも頭を悩ませ、適当に並べた卵やフランスパンを見下ろして暫しその場で食材と睨み合い)…流石にこれから尾行する相手に毒入れられないな。


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気にする事は無いよ、のんびり待っていたからね。ところで、これからハニーの組織を偵察してもいいかい？勿論君には秘密さ。

(明け方までぐっすりと眠り鳥の囀ずりで目を覚ます所までは誰もが夢見る平穏な日々だろう、まだ寝ていたいと訴える重い身体を起こしバスルームへと。冷たい水で顔を洗い温かいシャワーを全身に浴び漸く頭が日中のモードへと切り替わり、何度櫛を通しても癖の残る髪の毛に眉間が深い皺を刻み。彼の様な拘りなしのシンプルな紳士服に袖を通しジャケットの内側に銃を忍ばせる事は忘れずに、服に響かない程度に弾も仕込んで準備完了。先に起きた彼は恐らくキッチンに居るとの予想は正解、何やら悩んでいるらしい様子を捉え忍び足で近寄り朝の挨拶代わりの悪戯を。胸元から取り出した黒い物体、詰まる所銃口を彼の後頭部に付けてやろうと狙いを定め)…おはようセス、良く眠れたか？


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それはどうも、感謝しておこう。止めた所でお前は聞く耳を持たないだろうに、くだらない質問は止して好きに行動しろ。

ハニー！おはよう、良く眠れたさ。君も、だろ？
(朝から生死をかけた遊戯で楽しもうと考えていたのは己だけでは無かったようで愛しい声に反応し振り向こうと一歩足を引いた先で後頭部に打つかる無機質で固い何かに直ぐに察しがつき僅かに考えるように静止をしてから両手を頭部まで上げ。そのままゆっくりと慎重に対面する形となり視界に現れる銃口を額に押し付ける様にして距離を縮め、すっかり暗殺者スタイルとなった恋人へ瞳を細めて微笑みかけ。何度見ても可愛らしいウェーブのかかった毛質に本日も苦戦してきたのだろうと思えばそれもまた胸を高鳴らせる種となる。やがて頭部まで上げていた腕を広げた状態で腰まで下ろし、毎日の日課、習慣として強制的に求める無言の合図を。分かり易く意識しやすいように額に銃口を当てたまま薄い上唇で舌舐めずりをして誘導を)


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流石俺のハニーちゃん、なら遠慮無く好き放題させてもらうよ、此処は適当に流して…言い忘れてた、そして今日も愛しているよハニー。

勿論だ、お陰様で朝から頭が冴えている。
(朝の戯れは分かりやすく安全に、殺すなら銃でなくじっくりと時間を掛けたいから指を掛けた状態でも引く事はないのが暗黙の了解。慎重に行動する様子を淡々と表情のない人見で観察し、ポーズは降参なのに挑発的に額を押し付ける辺りは彼らしく小さな笑みが現れ。細部にまで気を遣った紳士服に身を包む恋人が求める事は分かっているが素直に誘導されるのは謎の勝負に負けた気がするから些か悩んでしまうのだが、暫し銃口を向けたまま対峙した後小さな溜め息を一つ無機質な黒い其れをジャケットに押し込み。数歩前進し二人の距離を縮めたならば示された場所へと重ね、其れでも素直になれない天の邪鬼は触れるだけ直ぐに離し)

ん、良い子。___ところで直ぐに出掛けるかい？車出すけれど。
(微かだが従順に朝の挨拶を交わす行為に満足気に離れて行く身体を見下ろし相変わらずの天邪鬼っぷりには鼻で笑い。追い掛け無理矢理堪能するなどはせずあくまで全ては彼の意向として程度が小さくとも大きくとも構いはしない、いつか痺れを切らして自ら要求してくるまでは強制的な日課は止める事はないだろう。拳銃が紳士服に吸い込まれるのを見届け、キッチンへ向直れば不器用ながら朝食の支度を再開し。本日はスクランブルエッグにベーコンとクリームチーズを添えたフランスパンを用意、多少キッチンを汚したが使用人が清掃に訪れるだろうから気にする事は無く、その場で一つ彼に渡して己も齧り。近場の駅まで送り届けるのは時間に余裕のある己の仕事、普段ならば各自行くべき場所へと向かうが今日は少し異なるであろう、相手の様子を伺いながら普段と変わらぬ態度で)

そうだな、軽く食べたら出るから頼む。
(要求に忠実に答えるのは気分が乗らないが後ろ頭を押さえられる事もなく解放させるのも不満、そうは言ってもどうすれば満足がいくのかと問われては回答に困ってしまう己の複雑な心境に無表情からむっとした顔へと僅かに変化した表情のまま腕時計を確認。組織へ顔を出し目の前の犯罪者について報告をしたら本日の任務を遂行する、何時もと変わらぬ暗殺者の日常を本日も卒なくこなすだけ。不器用ながらに用意してくれた朝食は美味しそうな物で折角だから食べてから出発したい旨を伝え、受け取ったパンを手に椅子へ腰掛け口へ運び。提案に有り難く乗っかるのは良いが流石にターゲットを組織内へ案内する訳には行かず朝食を頬張りつつ脳内で駅周辺の地図を展開、気の効いた体を装う反面でどの方面の電車に乗るかさえ隠すなら駅まで送って貰う事は不要。ちらりと窓の外へ視線を送り)この時間じゃ駅周辺は混雑するから手前までで良い。

んー…、分かった。そうそう今日は夜遅くなりそうだ、迎えには行けないけれど必要ならば頼んどくよ。
(彼の組織が現在何処にありどの様に運営しているのか、また己をターゲットにしているにも関わらず交際を認めているのか曖昧ながら何も手を打とうとしない謎だらけの組織に興味を示さない筈も無く、最悪正体がバレてしまった場合の殺害も致し方が無いだろうと用意した武器も非常に殺傷能力が高いものばかり。無論己の命を狙う者達ばかりの中に生身で突っ込むのだから多少のリスクもあるだろうがそんな退屈な考えは一つも浮かばずに計画を彼が知ればどう思うだろうかどの様に感じてくれるのだろうかとばかり考えながら作りたての朝食を頬張る様子を細めた瞳で眺めながらグラスに注いだ水を飲み干して隣へと腰を下ろし、そっと太腿へ片手を置いて)ハニーが眠る前には帰りたいけれど今日は少し楽しくなりそうだ。

無理はしなくて良い、俺の事は気にするな。
(始めはターゲットの隙を突くべく近付き心を許させ息の根を止めるから時間が掛かるという理由で処理されたが、最近では何時になれば暗殺を執行するのか責められるばかり。任務に失敗したと見なされては組織から己の命を狙われる危険性だってある。他の任務に当たっている間は良いが報告の為に組織へ赴く頭の痛い時間を思えば眉間の皺は深くなる一方で、己を悩ます諸悪の根元は此方を気遣う事など微塵も感じてないに違いない。そう考えると彼が心から憎たらしく触れる甲を無言でつねり痛みを感じる程に力を込め)一体何を企んでいるんだか、興味はあるが尋ねても答えちゃくれないんだろうな。

無事に帰れたら教えるとも、ハニーだけ惨めな思いにはさせられないからね
(鈍麻な感覚野の持ち主は手の甲の痛覚を刺激するには程度が足りず、違和感にしかならぬ指先をあしらう様に振り払い、代わりに昨夜肉を引き裂いて上塗りしてやった傷を持つ腕に掌を乗せて慰める様な柔らかな手付きでゆっくりと撫でて。敵陣に乗り込むというのに何かしらの情報を得る自信はあるようで非常に穏やかな気分であり不満を滲み出す顔付きに微笑して眉間の皺へ口付けを。既に食べ終えた食器はそのまま、ソファから立ち上がり腕時計を確認してほぼ毎日同じ時間帯に彼を出勤させる事を実現させるべく未だ座ったままの恋人に手を差し伸べて)

惨め？俺が何故そんな思いをするのか想定すら出来ない。
(常に一歩先を行く恋人に小さな嫌がらせをしたかったのに革の手袋越しに力を込めたとて効果は無かったらしく振り払われた手は残念かつ素直に引っ込められ、丁寧に包帯を巻き保護した左腕はなるべく使わない方が良いだろう。彼の言う惨めは組織内でターゲットについて問われ誤魔化す言動であろうが心底分からないふりの腕組み、よもや彼が組織内に潜入しようと企む事など微塵も疑わず微笑みの浮かぶ顔に対して僅かに首を傾げ。今は傷を撫でる動きも口付けも素直に受け取っておいて、昨夜の疲労が残る身体に出発の時刻が来ていると脳から指令を発し王子様よろしく差し出された手に己の手を重ね立ち上がり)

流石ハニー、強気だねえ。いつか歪ませてやりたいよ、その余裕そうな顔も心も。
(革越しに触れ合う体温は伝わらないがその感覚を探し求めるように重ね合わさった指を絡めて痛みが生じない程度に強く握り。彼の自己効力感やプライドを崩壊したい衝動は単なる悪戯とは少々違った感覚にあるもの、瞳の奥底で僅かに寂寥感を浮かばせて、腕を引き豪邸を後に助手席に乗り込み己は運転席へと。朝の清々しい空気を肺いっぱいに取り込んだ心身は正に絶好調、既にラゲッジに詰め込んだアタッシュケースの中には多種多様の武器が眠り万事に備えてある。駅周辺までの所有時間は30分程、何度か信号に捕まりつつも一方的な他愛の無い会話により体感的にはそんなにかかってはいない筈で、目的地へと停車すればハンドルを握ったまま挨拶程度の軽いキスを左右の頬へと)行ってらっしゃい、短い別れとはいえ寂しく思うのは俺だけだろうか？

そんな事が出来る日は何時訪れるやら。
(絡まる指を見下す表情には出さずとも彼への愛情を示す一つの手段となるよう邪魔な革の上からでも伝わるくらい指先に力を込めたり抜いたりを繰り返し、見えない所で甘えておいて勝ち気な願望は然も不可能な状態を願うと分かり易く伝える手段としては鼻で笑い飛ばしてやり。暗殺者の勘とでも表現すべきか根拠は無くとも彼が何かを企んでいて言及したとて口を割らない迄は読み取れ、車を降りる前に身嗜みを整える体を装い盗聴器等の類いが紳士服に仕込まれていないか念入りに確認し。窓枠に肘をつき顎を乗せぼんやりと彼の言葉を聞き流し時折相槌を挟み乍の道中は然程長くも感じず、いってらっしゃいのキスを受けても無表情に車内から外へ繰り出し疑問符を投げる恋人を冷たく見下ろし)ご名答で、そんな事を思うのはお前だけだ。

俺が欲しくて堪らないって顔に見えるのに、ふふ、真相はベッドの中でたっぷりと。
(恋人の身体に盗聴器を仕込むなどそんな見え透いた仕掛けをする筈は無く、組織の在り処を炙り出すのは数名の仲間達の役目。何しろ人脈の多さが取り柄の一つ、何も知らぬ哀れな男に一般人に化した連中が取り巻く事になるとは夢にも思わないだろう、勘の良さで疑心を抱くかもしれないがそうなるまでの一連を考えるだけでおかしくて堪らない。きっと怪訝な顔をし夜には問い詰めるかもしれない、気付いた所で知らん顔するのはお手の物、所詮仲間など手に余る程の駒の一部に過ぎず恋人の手で命を落とそうとも他人事。冷ややかな瞳に見送る笑みは恐ろしく穏やかなもので、こなれた手付きで左腕は端末に一斉メッセージを。まだ姿が見える内に車は来た道を引き返し、街一の喫茶店で彼のアドレスが入っていない端末からの連絡を待ち優雅なティータイムを過ごす事とし)

(自分の都合の良いよう考えたいなら好きにしろとばかりに挙げた片手をひらり一振り言葉は返さず立ち去り、車から此方の姿が見えなくなったでたろう頃に肩の力を抜き息を長く吐いて気持ちを入れ換え。ターゲットである彼が我が組織の内情を探ろうと動き出すには十分な迄に生活を共にした、だからこそ簡単には教えてやる訳に行かず遭えての通勤ラッシュの満員電車に単身乗り込む日々は何時まで平穏を保てるだろうか。人混みに吊革の数が不足する車内で数十分揺られ目的の駅に辿り着いた頃には人は疎らに周囲を入念に見渡し、小さな窓が幾つか壁に嵌まっただけのシンプルかつ外見からは何の建物か判別の付かないビルこと組織の拠点に足を踏み入れ)

ハニー遅くなってごめんよ。色々と用事が立て込んでてまだ返せそうにないんだ、待たせてばかりで髪が拗ねちゃったんじゃないかとか色々と想像してるけれどどうだろう？
まあそんな君も世界で一番美しいけどね、後少ししたら返せるからそれまで待っていてくれ！

構わない、この時期はイベントが多いから気にする必要もない。拗ねたら何かしてくれるのか？猛毒の盃を傾けるとか、ナイフを何本刺すまで意識を保っていられるか…とかな。