匿名さん 2018-03-09 02:12:00 |
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(最後に名を他者から呼ばれたのは何時だったろうか、数千の時を遡るには余りにも永く声色さえ思い出すには不可能に近い。最早耳にする事は永遠に無いとさえ断定もしていた。然し乍ら訪問者は柔らかな笑みで真っ直ぐ此方に向き何度も何度も己の存在を形付ける様に呼ぶのだから不思議なもので、まるで曇天に一寸の光が射したかのような錯覚に。此れに腹を立てる奴は癇癖野郎か大間抜けのどちらかであろう、摂理を乱す為に訪れたのでは無いと理解すれば胸元の毛並みが揺れる程の荒い呼吸は徐々に落ち着きを取り戻し細まった瞳孔も弛緩し。触れた小さな温もりには気が付くのに時間が掛かかってしまった。何しろ率先して触れてきた者は後にも先にも見知らぬ訪問者が初であり吃驚仰天の鳴き声を一つ零して。次いで懇願混じりに紡がれる言葉を耳にすると改めて訪問者を猜疑の瞳で見遣るがどうも純粋な懇願にしか聞こえずこれ以上の事はせずに下ろしていた腰を持ち上げて。森林を抜けるには己の足で数分程度、小さな人間の足では踵を擦り減らす程の距離であるとも分からずに身を翻してついて来いと言わんばかりに一瞥すれば元来た道を引き返し。____時折彼女の速度に合わせつつ先陣を切って歩き森林を抜けたその先から見えてきたのは臙脂色を織り交ぜたような夕方の太陽に照らされた秘境、崩れた神殿と太古の文明の数々であり、涼しい風が出迎えるように通り過ぎて森林へと消えていき、ふと彼女の方へ視線を向けて)
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