匿名さん 2018-03-09 02:12:00 |
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( 聳え立つ深緑の樹木は息を潜め、まるで木の葉の擦れる音さえ己の耳朶には響かない。内緒話をする幼子の囁き声の如く、遠方の遥か彼方の微かな流水の音しか聴こえぬ森林の中央、圧倒的な静寂の支配する場に異様な生物と人間の少女が対峙する奇妙な空間が成り立っており。狼狽からか真面に焦点の合わぬ視界は朧気な輪郭を映し出しているものの、対峙する相手の姿形のみ濃く確りとした輪郭を象り。ジャッカルの様な屈強な体躯と精悍な顔を持ち、鷹の様な鋭利な爪。鷹揚な片翼に欠けた角、真白な毛色と眼前の生物を構成する全てが美しく、又酷く不気味であった。眼窩から溢れんばかりに碧を瞠目させ、微動だにせず屹立する傍ら、ぼんやりと脳裏を過るのは昔日の悲惨な光景。天空には鳥に代わり航空機が縦横無尽に飛び回り、猛獣に代わり戦車が襲い掛かる。対照的な二つの光景が点滅する様に交互に現れては彼女の脳内を侵食していき。──不意に思考の海から彼女を呼び戻したのは相手の地響きの如き唸り声、兵器の扱いは心得ているが動物に関してはからっきしである。怒っているのだろうか、と訝しんだその時、近付いた鼻先に驚愕を覚え。続いて小さく鼓膜を震わせた低い声音に驚愕は蓄積するばかりであったが、次には既に柔らかな微笑を口元に湛え乍「そう…、ミルティアディス。ミルティアディスっていうのね。」幾度もその名を反芻させる様に呟き、極力相手を安心させようと一歩近付くとそうっと毛並みを撫ぜて。軈て周囲に目を配ると、凛とした声音に一抹の懇願の色を含ませ目上の相手を一瞥し。 )
──ねえ、ミルティアディス。この森から抜ける事は出来るのかしら?どうやら私、迷ってしまったみたいなの。
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