ななしのあるじ 2018-03-02 08:10:39 |
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(本日天気晴朗なれども雨強し、と云うのは些か不敬であろうか。さりとて文学なる分野に髪一本程の所縁も持たぬ己は他に此の不幸を形容しうる言葉を知らず、天照雨に煙る帝都を阿呆の面で仰ぎ見るなり、やはり晴朗なれども雨強しと呟くのであった。辻の向こうでは燦然たる夕陽が蒼天を鮮やかに燃やしている。だのに己が立つ軒先から一寸先ばかりが排ガスと見紛う暗雲に覆われ、矢庭に降り出した雨に濡れそぼっていた。蛭の如く頬へ頸へ吸い付く髪の疎ましきこと甚だしいが、此の不愉快は洒落にかぶれて頭を丸めずにおいた己の虚栄に対する刑罰であろう。仕立てて間も無い夏衣の純白までもがしとどに湿った濡れ鼠の様相を帯びているのが情け無い。右手に握る番傘の深緋ばかりが水を得て艶々と得意満面の様子である。ふと、足許の水溜りが小さく跳ねた。横目を遣れば此方も雨に追われて来た風体の人間が懸命に露を払っているらしい、着物の袖が重く揺れている。民衆の視線は軍帽を目深に被りやり過ごすのが愛想無しの常なれど、傍らの同宿に奇ッ怪なる眼差しで傘持つ濡れ鼠を観察されるのは些か気詰まりで、致し方なく引き結んだ唇を解き)
──軍人は、傘を差してはならんのだ。手傘は太政官令に反する。何時も両腕を空けておかねば、いざと云う時に軍刀や拳銃を握れぬと……そう、叩き込まれてきたのだが。
(未だ小僧気分が抜けぬのが己の悪癖だ、と。ハイカラ洋傘の咲く往来を見据えて語る帝国軍人の心構えは、独言を以って俯き加減の自嘲へと成り下がる。己が子供の時分には雨覆のあの字も知らず、驟雨の気配が垂れ込める日は当然傘を携えた。或いは母に、女中に、時に父手ずから確と握らされた。そうして今日も、傘を握って此処に居る。士官学校を卒業し、晴れて帝国軍人と成り、上官の地位を賜って尚捨て切れぬ幼心の証が手に持つ番傘であるならば、艶なる紅も憎らしい。そういった具合に濡れ鼠の所以を云った処で暗雲が晴れる訳も無し。要らぬ言葉を寄越される前に所在無さげに項垂れる傘を突き出し、有無を言わさず押し付ける。)
貰ってやってくれないか。夏とは言え夜は未だ冷える。雨に濡れれば尚更、風邪でも引いたら大事だろう──日が暮れる前に帰りなさい。
(彼乃至は彼女がどの様な顔で其れを受け取ったのかは己の知る処ではない。形相はおろか面構えも性別さえも皆等しくブリムの向こうであった。只使えぬ傘を押し付けるだけ押し付けて、スコォルの下へ身を晒す。良き"将校さん"ごっこに興じるというよりかは捨てるは惜しい、持ち帰れば年嵩の部下達に良い嘲笑の餌と喰らい付かれる獲物の厄介払いが主なのだが。不純な動機が吐き出した方便とて嘘には有らず、存外優しげな声音を生んだ咽頭に驚きつつ通りを歩む。目指すは眼前に満つ熟れた夕空。あれへ追いつけば雨は止む。率いるは泥濘む足跡と軍刀の冴えた音のみの侘しい軍隊ではあれど、無様に駆けず、背を丸めず、凍てつく梅雨の嵐の外へ只々真っ直ぐ歩を進め)
(/スペースお借り致します。梅雨らしい&かっちりした雰囲気のロルを回してみたいと思い立ち、明治軍人でお邪魔させていただきました。もしお相手してくださる方がいらっしゃいましたら雨宿り仲間・上司部下・通行人その他諸々どんな関係でもぜひよろしくお願い致します…!
「軍人」は170後半の黒髪七三健康優良児。20そこそこのエリート新任少尉であり、優秀ながら少々不器用で生真面目なオーソドックス大和男児…というイメージで書かせていただきました。くどくどした文章になってしまいましたが、ここまで目を通してくださってありがとうございました!)
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