匿名書生 2018-01-24 19:13:27 |
通報 |
(誤魔化しには変わりない告白は、しかし咎められる事は無かった。火鉢から伝わる温みにも似た、じわりと身の内に広がる安堵は、微笑と入れ替わりにふと聞こえた呟きに「存じております」と溜め息のように答えさせる。こんな文学を書く大人は、きっと世間様に言わせれば碌な大人ではないのだと。けれども自分はそれがたまらなく好きなのだと、彼の微笑に比ぶれば幾分喜色の強い笑みを浮かべながら。)
––本当ですか。本当に、そう思ってくださいますか。
(快い返事に深々頭を下げ、この屋根の下で与えられる役目をはい、はい、と喜んで受け入れる––そこまでは立派な青年の姿を繕っていられたはずである。が、俯けた耳をたゆたう香の匂いより甘い囁きが掠めれば、驚嘆にはっと顔を上げずにはいられない。デカダン派らしからぬ浮ついた響きというのに失望とは程遠い、心の臓が燃えるような心地を覚えたのは今や敬愛の行き先が紙上の文字列ではなく、目の前の生身の人間に移ったからか。思わず机に身を乗り出し、飛びつかんばかりに声を上げてしまうと流石に罰が悪く、いそいそと座り直しながらも耳朶の熱さは隠しようのないもので)
……私は、家にはもう死んだものと思えと書き置きを残して出て参りました。もはや何の事情も生活もございません、野良犬と同じです。ですからもし……仮に、先生の感ぜられた運命が何かの間違いで、私が先生と赤い糸で結ばれていなかったとしても、どうか此処へ置いていただきたいのです。
(一読者が崇拝する作家にたとえ戯れとはいえ運命の相手と見定められるなど、まさしく夢物語じみていて五臓六腑までふわふわと浮かれるような気さえする。彼が匂わせる花の香のせいか、その陽気がどこか不埒な気配にも感じられると後ろめたさから声ばかりは一層凛と真摯に張って。)
勿論、厄介になる以上精一杯働かせていただくつもりです。先生が出来ることも、不得手とされることも何から何までお任せください。先生は創作活動に専念してくだされば……手始めに、部屋の片付けでも致しましょうか。
(赤い糸というものは、男女の間にしか結ばれぬものだったろうか。そんな風に未だ頭の片隅に高揚の名残は居座っていても、口を動かしている間に随分と冷静さを取り戻してくると、ふと卓上に放ったままのマッチ殼と原稿に目が留まり。白紙に半端に綴られた文字の並びへ思わずごくりと喉が鳴る。しかしもう行儀の悪い真似はするまい、そう注意を払って私欲を努めて真面目に仕事としての提案に変え)
トピック検索 |