濡鼠 2017-02-08 17:27:58 |
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(此処は自分の家である筈なのに一晩で様変わりしてしまったダイニングはまるで家主の方が異端者であるかのような錯覚を覚えるに十分な変貌振りで、自身の問いを耳にした男がバターナイフ片手に皿を叩く様子をじっと観察。椅子に拘束され自由を奪われていることを思えば警戒するのは当然のことで、神経を逆撫でする挑発も頭に来るものだったが陶器で殴られた患部の疼きに比べればなんら大したことはない、と。そう自分自身に言い聞かせていた矢先、気楽なやり取りを経て青年が手にしたシロップがまさか自分に掛けられるとは一体誰が予想出来ただろうか。「――ひっ!?」ねっとりと、それこそレモン果汁とは水分量が明らかに少なく皮膚にまとわりつくような粘着質なそれはジュースと血液と入り雑じって更に視界を悪くしていき、あまりの気持ち悪さから何故このような仕打ちを受けねばならないのか信じてもいない神に嘆いてみても泣きっ面に蜂、頬を這う生温くザラついた舌に咽喉の奥を引き攣らせ、生理的嫌悪感がぞわぞわとゆっくり背筋を這い上がるのを感じて。「やめろ、やめろ!気色悪い!離れろ!!」無意味とは理解していても制止を訴えずにはいられない。括りつけられている椅子ごと蹴り倒された瞬間には男の舌による粘着質な精神的苦痛が終わったと思い歓喜さえしたが、やはり己の前には絶望しかないらしく、鼓膜を震わせる屈辱の予告にどうにか足掻こうと全身を揺さぶり。だが、意外にも彼の連れが暴挙を抑制し、ダイニングから立ち去る靴と背中を床に転がったまま見送ることとなり。)
――守る?守るだと?これが?ふざけるんじゃない!私は人間だ、お前達のペットでもなければ玩具でもないッ!
(確かに貞操は守られたかもしれない。だが彼女が持ち出したものはアレックスの怒りを助長させるものでしかなく、感情が怒声となって家中に弾け飛ぶ。声で少女が手にしている鎖や首輪などを何処か遠くへ投げ捨ててやれたらどんなに良かったか、悲しくもファンタジーではないリアルではそのような生易しい安直な救済など在ろう筈もなく、一体その若さで何処でどうやってそんな技術を手に入れたか知らないが手際良く足に首にと拘束具を纏わせていくその柔らかな手を、止める術も抗う術も今のアレックスには一つとしてない。彼女よりも明らかに重量の大きい男を椅子ごと起こしたことに驚きだとか感心だとか、そういう普通の感覚はこのクレイジーな空間ではもう今更沸き上がって来ず、世話を焼いてくれようと宣う少女が飛ばした投げキッスを手で叩き落とす代わりに血の鉄錆が混ざった唾を吐き捨て。)
頼むからこの家から消えてくれ!一体何が目的なんだ……他人の家に押し入って、荒らして、シロップを浴びせ、果てには首輪を着けてペットだと?ギャングごっこなら余所でやってくれ。此処はお前達のプレイルームじゃないんだ!
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