主 2017-01-05 11:37:58 |
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---/お話/---
雪の降る夜、静寂な江戸の町を歩く女がひとり。
百合の華を施した着物がなんともその白い肌と脆く弱そうな印象を受ける細い体に似合っていた。
艶めく濡れ羽色を思わせる髪は長く、寒さに赤く染まった頬はなんとも言えないほどに美しく息を呑む程であった。
赤い番傘をくるくると回して、「寒い」と言いながらもその様子はどこかこの寒さと雪を楽しんでいるようであったが、凛とした印象を受けるなかで見せたその無邪気な行動と傘の下でちらりと見えた笑顔が愛おしく思えた。
いつしか雪は止み、冬の月が青白く灯りをつけるなか静かに声をかけたことは今でも後悔はしていない。
「名を聞きたい」
凄く無愛想で、女は驚いた顔で見ていた。
でもその後少し笑ってから照れくさそうに小さな声で「小百合です」と名乗ってくれた。
それからというものは、町で出会えば少し会話をする程度でそこから何かに発展するという事など無かったが心の中では、どちらも互いに惹かれているのを知っていた。
江戸の町から少し離れた小さな家で二人で暮らすようになり幾度となく年月が過ぎた頃、男は自分の正体が[鬼]であることを明らかにした。
不死ではないが不老であること、力を使えば角は生え、目の色も変わり、力何てものは人間よりはるかに強いこと。
何十年も前から生きていること、[化け物]である事をひとつひとつ不器用ながらに語った。
驚いた顔の中に確かに見た恐怖の色がどこか安心できたものだが小百合はその後目元を細め
「そんな貴方も大好きです」と---。
溢れそうになる涙を見せたくなくて必死に堪え、永遠に一緒に居ようと誓いあったのは生きてきた中で一番の至福の時であった。
それから暫くして、また冬の季節がやってきた。
布団の中で一緒に寝ていたはずが小百合は朝日が昇り始めた頃そこを抜け出し、障子を明け外に出ていた。
朝日に照らされてとても綺麗だと草履を履いて庭先に積もる雪を見てはしゃぐ姿を布団の中で見つめていた。
のんびりと起きて行き、縁側に腰掛け雪兎を作るその姿を眺めながら「風邪を引く」と過保護に言った言葉も笑って誤魔化して、それでも軽く手招きをすれば隣に大人しく座る姿がとても愛おしかった。
「またこの景色を一緒に眺めたい」
「何度だって一緒に見てやるさ」
「私が先に死んでしまっても、また見つけてね」
「何度でも探して、いつまでも愛し続ける」
「-------------」
冷えて赤くなった頬にいつものように手を伸ばすはずだったがそれは叶わなかった。
赤い、紅い、赤い雪が小百合の体を染め上げていた。どちらのものか考えてる間もなく、小百合の体が揺らめいた。
手を伸ばそうとしたが[誰か]によってそれは拒まれ、気づけば少し離れたところに小百合の体を抱える[鬼]の姿があった。
角を生やし、怪しく妖艶な麗しい姿の鬼は角と目の色を除けば人間と同じ。その腕の中に愛しい妻を傷つけ笑っているそれが逆鱗に触れた。
江戸の町の外れに小高い丘がある。
酷く吹雪く中、およそ人間のものとは思えない速さで戦う男らの姿があった。
怒号が飛び交い、男は酷く美しい鬼の姿で相手の鬼の心臓を貫いた。静寂に包まれいつしか吹雪は止み、青白い月が静かに生々しいその場所を照らしていた。
「やめて」
と叫ぶ小百合の声が聞こえていた気がした。
本当の自分を、優しい自分を忘れないでとそう叫んでいるようにも聞こえた。
泣きそうな顔で必死に雪を赤く染めながらも近寄ってくる体を抱き抱えた。
「泣かないで。また、探してくれるんでしょう」
「何度だって---お前が生まれ変わっても」
「愛してください」
冷たくなった体をいつまでもいつまでも抱き締め
男は静かに泣いていた。
時は現代----。
変わる時代の中に身を潜め、小高い丘だったそこは今は広い公園になっていたがあの大木は御神木として今も立っている。
毎年毎年、冬のあの日になると大きな百合の花を買い手向けることにしているのは少しでもの罪滅ぼし。それ以外でも毎日のように小さな百合の花束を手向けるのは…
本当の小百合はもう居ないがそれでも探して春---
その公園のベンチに腰掛け、賑わう人々を眺めていたその先に、見つけたのは似た面影----。
長い長い鬼の、酷く切ない恋物語。
人間を愛したのは許されるのか…。
◻暫しお待ちを
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