2017-01-04 21:35:31 |
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夢を見ている。
もうずっと、同じ夢。
終わらないように、
薄く薄く引き伸ばして
ぺらぺらの、中身のない夢を。
目覚めることのないように。
[ 空白 ]
平均点より下のテストは、その半分以上が赤いバツ印で埋められていた。名前の横に書かれた45点、自分の "頑張り" の証。
比較的若くて美人で人気の先生は返却時に生徒1人1人にメッセージを送っているらしく、特に男子は頬が緩みきっている人ばかりだった。
「 花岡さん、もう少し頑張れば良い点はとれるからね、ほら、お兄さんに教えてもらったらどうかしら 」
内容の割に恐ろしい程に嫌味を感じない言い方に寧ろ感心しながら適当に頷いて、ガタガタ揺れる不良品のイスにつく。案の定イスの足が傾いて危うく舌打ちしそうになったのを必死で堪え、頭の悪い女子がそれを見て笑った声も当たり前のように聞き流し、いつも通りの花岡穣の顔を貼り付けた。
どうでも良かった。
周りの女子が必死で追いかける流行も人気のドラマもアイドルも、男子が話している漫画の内容、好きな人の話も。可愛いパンケーキ、化物みたいに顔が変わるプリクラ、有名なブランドが手がけるワンピース。そんなのも全て、早く消えてしまえとまで思うほどに。
目の前のテストだって、さっさと破り捨ててやりたいと思うほどに。
「 ……馬鹿みたい 」
ふ、と息を漏らしてテストを握ると、ぺらぺらの紙はいとも簡単に皺だらけになった。中身のない数字が並んだだけの紙は学生にとって最大の敵。
それが、こんなに簡単だなんて。
ずっと昔から、同じことの繰り返しだった。覚えて、書いて、少し考えて、また書いて、その分点が貰えて、褒めてもらえて、通知表に同じ数字がつく。通知表の全ての欄に同じ数字がついた時は親に大喜びされたし、先生にもとても褒められた。
でも、それだけ。
どれだけ褒められても結局ただの数字に過ぎないそれは、花岡穣にとっては息をするよりも楽にとることが出来るものだった。それがとても、苦痛だった。わざと宿題を忘れても授業を抜け出して遊んでも、それまで当たり前のようにとってきた数字は当たり前のように欄の中に存在している。
出来るならこの脳みそを取り出して踏みにじってやりたいと思った。自分の言う通りにならない数字が嫌いでたまらなかった。
みのりちゃんみのりちゃん、と母親から呼ばれる名前が嫌いになった。名前の横に書かれた3桁の数字を見るだけで頭痛がするようになった。それから2桁の数字を取るために必死になった。それが、3桁の数字をとるよりも難しかったのは、花岡穣という人物の大きな欠陥。役立たずの脳みそは常に頭蓋骨を揺らして頭痛を起こした。
頭の悪い親は同じ間違いを繰り返すと悲しそうな顔をしてテストを捨てた。計算の間違いは許してくれなかった。欄の中の数字はずっと変わらない。
ほら、結局同じでしょ?
頑張るだけ無駄だって。
幾度となく脳内に響いた声に頭蓋骨を揺さぶられて、揺さぶられて、ぎしりと鳴いて、それでも、穣はやめられなかった。
だって、だってね、聞いて、お願い、
彼は、この数字に誰よりも執着していたから。私じゃだめだから。
自分がクラスの誰よりも、学年のだれよりも優れた頭脳を持つことは知っていた。でも穣は、知らなかった。ただ1つだけ、何も知らなかった。穣が花岡穣である故に、知る術を持たなかった。
自分よりも劣る人物からあいしてもらえる方法を。あいされる方法を。
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