餡蜜 2016-12-11 21:12:39 |
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【獣】
※カニバリズム注意
主食は生肉だ。温かな血の滴る肉は極上の味で、獲物を前にすると涎が垂れそうになる。食いたい衝動に駆られるんだ。
その日は運が悪かった。無力だと思い込んでいた獲物は、知識と学習を活かし大勢で罠をしかけていた。間抜けに引っかかった俺は縄で拘束される。待っていたのは終わりのない監禁と暴力。
どのくらい経ったのか。運ばれてくるのは死んだ動物の臭い生肉。それを用意する獲物である男とは毎日顔を合わせている。俺の世話役に任命されているのかもしれない。
はじめビクビクしていた男だが、日が経つにつれ慣れてきたのか話しかけてくるようになった。男の言葉は分からないが、一緒にいる時間は不思議と苦ではない。
新たな一日が始まる朝、俺は男を待つ。だが、今日は違った。やたら外が騒がしい。男の声もする。
「彼は人間です。」
「獣に育てられたんだぞ!? 奴も獣同然、現に人間を食らうじゃないか!」
「そういう環境に晒されていたら誰だって彼のようになるでしょ。彼はまだ若い。今からでも十分にやり直せる。」
「奴に村の奴が何人殺されたと思っているんだ…!殺人鬼は同等の償いをさせるべきだ!」
…うるさい、うるさい。何を話しているんだ。
男はいつもの時間に来ず、結局誰も来ることなく、何も口にすることもできないまま数日経った。
大分弱っていた。このまま死ぬかもしれない、そう頭に過った頃、男は真夜中に現れた。
「ごめんな、アオ」
“アオ”は俺のことらしい。男は何を血迷ったか牢の鍵を開け、手足の拘束を外してくれた。此方へ伸ばされる手を俺はぼんやり見詰める。
この手の意味はなんだろう。分からない。なあ、俺は喉が渇いているんだ。腹が減って死にそうなんだ。
「アオ、早く。逃げるんだ」
言葉が分かればいいのに。
男の手に食らい付く。男は一瞬目を見開くが、今までの獲物と違い抵抗はなかった。代わりに優しく抱きしめられる。ああ、うまい。血が渇いた喉を潤す。男が耳元で何か囁いたが意味は分からなかった。
そのまま、男の温もりが消えるまで俺は食らい続けた。目の前には男だったモノ。なんだろう、この消失感は。心臓を締め付けるものは。獲物を食っただけなのに。血にぬれた自分の口をはじめて汚く感じた。
「……うう…う…」
ああ、ほんと、
呻き声をあげる獣の気持ち悪いこと。
―――――――End
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