匿名さん 2016-05-12 23:16:13 |
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「あの少女はね…。」
木陰から這い出ながら、大蛇は続ける。
「僕達をこうしてくれるのさ。」
大蛇の身体が霧の様な淡い光に包まれたかと思うと、がっしりとした体格でありながら、物静かそうな人間の男の姿に変化した。ゆっくりと歩いてきた男は、女のすぐ隣で立ち止まり、歌っている少女を眺めながら独り言のように呟く。
「あの娘の父親は大変な悪党でね。」
女は黙って男の横顔を見つめる。寡黙そうな渋めの面立ちであった。
「初めは都会で高利の金貸しをしていた。裏街との繋がりを利用し、悪どいやり方で…、誘拐や殺人を犯すことも厭わず利益を上げた。」
月明かりの広場に少女のどことなく甘く、切ない歌声が響き続ける。
「其の次は、稼いだ金を元手に商人になったが、其処でも利益が最優先で他人の苦しみはそっちのけ。画期的な罠を使い、毛皮を剥いだり、食肉を得たりする為に、残虐な手法で鳥や獣も大量に殺したし、商売の邪魔になる者は徹底的に弾圧した。」
夜風はいつの間にか止んでおり、心無しか、少女の歌声に共鳴するかの如く、辺りの空気も優しく感じられた。
「最後は権力者をそそのかし、武器や食料を高値で売る為に不要な戦争の要因迄作った。狡猾な男はこうして富豪になった。」
彼の話は此の場には場違いにさえ思えた。此の場では先程から、幻想的で穏やかな時間が過ぎている。
「然し、遂にある高名な魔法使いが男の悪事に気付いてね、男が其れ迄に買った恨みの力を使い、男の娘に呪いをかけてしまったんだ。慌てた男は許しを乞い、財産の殆どを手放して娘の助命を願った。其の甲斐あって、病に侵された娘は回復したのだが。」
少女の歌もフィナーレに入る。
「娘が回復すると、男はまた悪事に手を染めた。だが、元手の無い状況、戦渦で荒れた国内では以前のように上手くは行かなかった。身を落とした男は山賊になり、略奪と殺戮を繰り返した。」
彼の話も終局に入ってきたようだ。
「やがて、男は狙った貴族の用心棒と渡り合って死んだが、男の罪は消えなかった。」
歌を終えた少女が、話を続ける男に気付いたらしく、台座の上で手を振り出した。男は其れに応え、相好を崩して手を振り返す。
「あの少女は、父親の罪の代価として、此処で色んなものに命を吹き込んでいるのさ。」
女は急にランプに火が灯ったことを思い出した。
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