風人 2016-04-04 04:41:02 |
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久しぶりに『怪獣学・入門』を出して読んだら金城哲夫、上原正三、市川森一三者の特撮を通して訴え伝えたい戦争中戦後あるいは正義やヒーローという存在についての概念や捉え方がちがうのが興味深くもおもしろい。
金城哲夫は博愛を『ウルトラマン』を通して伝えたものの甘えが本質にあり自己矛盾に『ウルトラセブン』に陥るウルトラシリーズのある種のむずかしさ。
上原正三は徹底して『帰ってきたウルトラマン』で東京を破壊し主人公郷秀樹は肥大した自我として書かれ演出される。
自我と社会の代弁者として怪獣側に感情移入や共感される物語としての「怪獣使いと少年」。
対して市川森一は『ウルトラマンA』で性を超越したヒーローとしてのA、対するは徹底した悪魔として書かれる敵異次元人ヤプール。ヤプールは悪魔ゆえに人間を時には主人公北斗星司を試す。
ただ『ウルトラマンA』は初志貫徹が出来ずに市川森一がメインライターを降りたものの後半に再度北斗星司に問いかける。
正義とは何か?
最終回「明日のエースは君だ!」で守るべきサイモン星人が実は敵ヤプールだったことで彼を撃つ北斗。
子どもたちの優しさを裏切る行為と知りながらヤプールを撃ちエースとして正体を明かす北斗。
子どもたちから“優しさ”を奪いエースを地球から排除するという最終回。
金城哲夫さんみたいな博愛主義的な物語はいまの時代でも出来そうだけど上原正三さんや市川森一さんみたいな怨念などを背負って書く物語はむずかしいと思える。
平成の『ウルトラマンティガ』のキリノ・マキオの回がそれらに近い印象ではあったけどさらに時代がむずかしくなる現実。
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