ムーン 2016-02-18 17:52:07 |
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第七話
■ 修業をするぞ ■
今日、仲間ができた。
たぶん仲間だと思う。
俺を買った奴らだけど、孤児院のババア共に比べれば良い人そうだ。
とりあえず、叩いたり蹴ったりは、今のところしてこない。
「ハルシオン。お前の仕事は今んとこ雑用だ。
明日から剣の稽古をする」
ロジャーが短く言う。
簡潔にまとめすぎだろ。
やっぱ俺、家政婦に買われたのね…。
「・・・はい」
そこですかさずフォローを入れたのがクウだった。
「雑用って言っても、俺たちの身の回りの世話位だから、
そんなに難しく考えなくてもいいぞ」
「・・・・はい」
やっぱ家政婦じゃんか…。
まっ、いいけどね。
その辺のスキルはバッチリだしな。
「それと、ロジャーの稽古は厳しいぞ。
根を上げるなよ」
「あのう…、聞いても良いですか?」
「なんだ?」
「何故、僕が剣の稽古を?」
「ああ。迷宮に行くんだから、自分で自分の身くらい守れないとな。
俺達は助けない。
自分で何とかしろ」
「迷宮??!!」
思わずすっとんきょうな声を上げてしまった。
「なんだお前。
冒険者って言ったら迷宮探索だろ。
知らなかったのか?」
「はい。孤児院ではそんな話し聞いた事なかったです」
「そっか…。孤児院か…。」
二人の会話のやり取りを、少し離れた場所から聞いていたロジャーは、顎に手を掛けながら何やら考えている。
ロジャーと言う男が何を考えているかは分からないが、ここの連中はそれほど警戒しなくてもよさそうだ。
六年間、某一流企業で働いてきた俺にとっては、これぐらい些細な人間関係だ。
他人の手柄を平然と自分の物にする上司。
自分の失敗を後輩のせいにする先輩。
他人の足を引っ張る事に命を懸けてるような連中と、今までうまく付き合って来たんだ。
心理作戦なら負けない自信はある。
その為にも、俺は今まで通り子供の振りをして、この世界の常識を学ばなければならない。
この世界は、俺が知ってる常識が通用しないらしいからな。
=====
次の日から俺の仕事が始まった。
朝食の後、クリフとリカルドは剣の稽古。
ファインとクウは買い物。
俺は全員の洗濯物をしてから、ロジャーに剣の稽古をつけて貰った。
ロジャーから木刀の様な物を手渡され、素振りをしてみろと言われる。
隠してたわけじゃないが、俺は中高と剣道部に所属していた事がある。
たぶん基礎は出来てるんじゃないかな。
「なかなか筋がいいな」
ほらな。
「だが、それじゃ魔物は倒せん」
「えっ?!」
「お前の剣には闘気が無い」
「闘気?」
闘気って何だ?
殺気ならわかるが。
「闘気ってのはな。相手を倒そうって言う殺気だ。
だが、殺気だけじゃ魔物は殺せん。
闘気を剣と身に纏って初めて魔物を倒せる」
「・・・・・・・・・・・・・。」
・・・・・・訳わからん。
ロジャーは、ポカーンとしてる俺を見て、溜息を一つ吐いた。
「殺気だけでは傷を付ける程度。
闘気を纏えば確実に殺れる」
「・・・・どうすれば闘気が纏えるようになるんですか?」
「死にたくない。と、思う事だな」
益々意味が分からん・・・・。
こんな理不尽な世界だから、『死んだ方がマシ』とか思ってる奴が多いって事か。
ってか俺、剣より魔術を教えてほしいんだが。
まっ、追々盗めばいいか。ファインから。
ロジャーの訓練は厳しかった。
素振り100回。
打ち込み100回。
駆け足10km。
この三つを1セットとし、三回やらされる。
初日から死ぬかと思ったわ!
特に打ち込みは、相手があロジャーなので、いとも簡単に受け流される。
甘い打ち込みをすれば、容赦なく叩き込まれ、体には幾つもの痣ができた。
痛い。痛すぎる…。
オヤジにも打たれた事が無いのに!!
「今日はここまでだ」
「ありがとうございました!」
俺は腰を45度に曲げて深くお辞儀をする。
俺は礼儀正しい日本人だからな。
この光景にも慣れてきたのか、ロジャーは特に何も言ってこない。
痛たたた…。
あちこち痣だらけだぜ…。
ヒールをすればこんな痣くらいすぐ治るんだけどさ、そんな事したら怪しまれるしな。
仕方ない、我慢するか…。
一応、光属性(治癒魔法も入る)の俺だけど、この髪の色だと何処まで使っていいのかが分からない。
後でファインにでも聞いとくかな。
稽古の汗を流すために、俺は井戸へと向かった。
一応風呂も存在するが、日中は水浴びと言うのが基本らしい。
確かに、あの浴槽に水を一杯に張るとなると大仕事だしな。
井戸と風呂場、何往復するんだろうと、想像しただけでげんなりする。
だから水術者が手から水を出せばいいと何回も・・・・まっ、細かい事は良いか。
上半身裸。手には濡れた上着。
水浴びをしてスッキリした俺は部屋に戻った。
部屋の中には買い物に行ってたファインとクウが戻って来て、掘り出し物があったとかで騒いでいる。
「いやぁ~、まさか魔導石がこんな所に売ってるなんて、誰が思うよ?」
「ファイン、それずっと探してたもんな」
ファインの手には、緑色に光る石が乗せられていた。
「ほぅ~。それが噂の魔導石か」
ロジャーが興味津々で見ている。
魔導石って何だろ…。
俺は久しぶりに便利アイテム・アイパッド君を召還し、調べてみる。
《《 魔導石 》》
魔力を含んだ石。
色によって効果は異なる。
使用回数:10回
赤:体力(HP)フル充電
青:魔力(MP)フル充電
緑:迷宮等の強制離脱
黄:万病治し
へぇ~、こんな便利アイテムがあったんだ。
「これで迷宮も怖いもんなしっすね!」
クウがおどけるように言う。
その瞬間、『ゴツ』という鈍い音が聞こえた。
「油断はするな。死ぬぞ」
「すいやせん…、兄い…。」
クウは、ロジャーに殴られた頭を摩りながら謝った。
「一つ聞いても良いですか、ファインさん」
「ん?」
「ファインさんはどんな魔術が得意なんですか?」
俺は興味津々だった。
「お前、魔術に興味でもあるのか?」
「はい!」
元気よく答える。
「まぁ…、大した魔術は使えないけどよ。
フラッシュバーニング(目も眩む様な眩い光)だろ、
フォーグ(霧)、ディフェンス(防御)、バイキルト(攻撃力up)
ヒール(怪我治し)ポイズン(毒消し)ポージー(麻痺治し)
こんなとこかな」
えっ…?その程度で良いなら俺も使えそうだな。
なるほどな。そういうスキルがあったのか。
今度練習でもしてみるかな。
「ファインさんは、お医者さんみたいな人なんですね」
俺はわざと大袈裟に、驚くように言ってみた。
「まっ、まあな」
おっ?掴みはOKか?
よし。ファインはおだてに弱いっと・・・メモメモ。
そして俺は新たな魔術を習得した。
習得したと言っても、フラッシュバーニングは光の発光量を増加すればいいだけだし、
ディフェンスは今後の練習次第だな。
ヒールは既に出来るからいいとして、万病退散(自己流命名)が使えるからポイズンとかいらなくね?
もしかして俺ってば、魔術師でもやっていけそう?
こりゃ、職業の幅が広がったね。
治療院開業も夢じゃない!
オラ、わくわくしてきたぞ!!
なんてな。
喜ぶのはまだ早いな。
今のままじゃ防御しか出来ないじゃん。
喧嘩はしたくないけどさ、攻撃呪文の一つや二つくらいは覚えておかないとな。
いざと言う時に自分の身を守る事も出来ないし。
それから数日。
俺の剣さばきも大体板に付いて来たと言う事で、いよいよこの町を離れて迷宮に行く事になった。
荷物持ち兼雑用係として。
なんだか遠足に行く時の気分に似ている。
わくわく、ドキドキ。
めっちゃ興奮するぜ!
ああ~。早く明日にならないかな~。
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