黒井 狐 2016-02-13 21:23:47 |
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玄関を出る頃には、雨の勢いはかなり弱まっていた。あと少しで霧雨といったところだろうか。
傘を持つか持つまいか迷っていたが、この様子だと、もうしばらくすれば止むだろう。
雅魅は玄関の鍵をしっかりと閉めてから、前へ向き直った。
家の前の道は、緩やかな坂になっている。この坂を上へ進むと、左右に様々な店が軒を連ねる商店街へと続き、逆に下れば、その約1km先にある駅へと続く。
買い物だの、出掛ける用事がある時には、わりと困らない位置だ。
「さてと…………ん?」
歩き出そうとした雅魅の足は、不意に“あるもの”を見付けて止まった。
雅魅の視線の先には、シャッターの閉まった一軒の惣菜屋。
そこにある自販機の前に、柄の悪そうな男が数人いた。
ただそれだけならば、どうということはない。だがしかし、問題は見た目などではなかった。
「缶ビールなんてそこの自販機で売ってイルノカナー」
売ッテナイヨナー
と、あからさまに棒読みで言ってみる雅魅は、嫌な予感で頭の中が埋め尽くされていた。
雨宿りなら分かる。だがそれでは缶ビールの説明がつかない。明らかに別の場所で買っている。それなのにわざわざ、何故、ここで雨宿りをする必要があるだろうか?
しかも、この坂の上には、ちょうど公園があり、雨宿り場所にはちょうどいい建物もあるハズだ。
それでも何故あそこにいるのか。
知らん。
……憶測だが、人を待っているの可能性がある。
わざわざあんな場所で、あんな柄の悪い男達が……誰を?
今朝の占いが思い出される。
『変な人に出会いそう!』
「………」
嫌な考えを振り払うように、深呼吸をする。
「……僕じゃありませんように……。」
せめてもの気休めに、神様にでも祈ってみた。
◇ ◇ ◇
結果。
占い凄い。
男の一人が、雅魅の姿を見るや否や、他の男達にコソコソと耳打ちした。
そして案の定……
「よぉ、そこの兄ちゃん」
あからさまな呼び掛け。
それを無視して通りすぎようと試みる。
しかし____
「無視たぁ、なかなかいい度胸じゃねぇかよ。珀狼 雅魅クンよォッ!!」
途端、雅魅に話し掛けてきた男が、雅魅の後ろ姿に向かって殴り掛かった。
が、次の瞬間____
「あ……?」
雅魅の姿が消え、男の拳が空を切る。
その姿が一瞬にして消え去った雅魅は、しかし、消えたのではない。
“目にも留まらぬ早さでしゃがんだ”のだ。
雅魅はしゃがんだ姿勢のまま、左足を突き出し、右足を軸としてコンパスの如く半円を描く。
「うおお!?」
雅魅の左足は、これまた目にも止まらぬ早業で男の足元を救った。
バランスを崩した男は、そのままアスファルトめがけてダイブを決める。
……顎から。
「あがッ!!あ"あ"あ"あ"あ"ぁ"ぁ"~~ッ!!」
「ふん。」
この間、僅か3秒にも満たない動きは、正に神業だった。
雅魅は、顎を押さえて悶絶する男を一瞥して立ち上がり、他の男達を見やる。
皆、「えーっと」とでも言いたそうな顔だった。一人を除いては。
シャッターに寄り掛かったまま、微笑を浮かべている男がいた。その格好は少し変わっている。
まぁ、“真っ赤なジーンズ”なんてここらでは滅多に見ることはないので、そりゃあ変わっているだろう。
するとその赤いジーンズの男が前へと出てきた。
「やぁやぁ、君が噂の珀狼 雅魅君だね?いやぁ、今日は運がいい。丁度、会ってみたいと思っていたんだよ。」
白々しい台詞を吐いて、手を差し出してきた。
「……何でしょうか」
「握手だよ。」
生憎、雅魅はこんなやつらと仲良くする趣味はない。
「お断りします」とキッパリ言い切ると、男は肩を竦めてヤレヤレとでも言いたそうな顔をする。
「ま、いっか。珀狼君、ちっと俺らに付き合ってくんないかな?」
これは、『喧嘩しようぜ』ということだろう。
当然、「はい分かりました」とは言いたくはない。かといって、断ったとしても問答無用で襲って来るだろうし、仮に撒いたとしても、また待ち伏せだの何だのをされては迷惑だ。
ここは、穏便に済ませることを考えよう。
「喧嘩しようぜ?」
「…………………………………………」
コイツ、バカナノ?
そう思う他ない。
いや、待て。よく考えてみよう。このタイミングでダイレクトで言ってくるということは、もう喧嘩は避けられない。
日を改めることも、不可能だろう。となると、だ。
選択肢はもう、ない。
「……………わかったよ……」
「ふ、賢明な判断で何より。」
お前が選択肢を消したんだろうが、と言いかけるのを何とか我慢する。
男はそのまま「こっちだ」と言って雅魅に背を向けて歩き出した。が、不意に後ろを振り返り、言い放った。
「そうそう。俺の名前は将坂 和也(おざか かずや)覚えといてくれよ。」
将坂和也
そう名乗った赤いジーンズの彼は、それだけ言って再び歩き出した。
◇ ◇ ◇
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