天ノ河 玉藻 2016-02-02 01:54:26 |
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平和だなー
そんな呆けた事を思いながらふらふらと歩いて行く。
行き先は、まぁ特になし。
雪がまだ溶け残っている道を歩く。
冬が終わり、春が始まりを告げる風が吹いてから、気温はぐっと上がった気がする。それと同時に大量に積もっていた雪も、徐々に水と化していっている。
溶けかけのそれを、ザックザックと踏みながら歩いていると、不意に後ろから誰かに服を引っ張られた。
「うわぁ!」
下半身が上半身の急ブレーキについて行けず、必然的に退け反る形になる。
「ど、こ、に、い、く、の、か、し、ら、?」
頭上から恐ろしい程に低い声が響く。
「あー……いや、その………マ、マリーの所に行こうかなー、なんちゃって……え、えへへ」
明らかな嘘だとれ自分でもバレると思う。何故なら、マリーなんて人物はこの村に存在しないのだから。
……強いて言えば、昨日読んだ本の登場人物として存在している。
「はぁ……わかりやすいなぁまったく……ま、そこがアンタのいいところよ、ス、ティ、ラ、?」
「スッ……!?」
スティラ。その単語を耳にした途端、自分の僕は顔が熱くなるのを感じた。
スティラ。僕のそれは名前だ。
だが、僕は正真正銘の男。
決して、女ではない。なのに、スティラ。その名前は普通、女の子に付けられそうな名前だ。
なのに、だ。
僕の名前は、スティラ。
スティラ・アルケミー
僕は、その名前が嫌いだ。にっがいピーマンよりも。
「そ、その名前は……むふっ!?」
「はーいはい、文句なら憩いの我が家で聞きますよー。アンタ、掃除手伝えって言ったわよね?」
僕の口を手で塞いだうえに、威圧的な目線を送ってくる。その視線を訳せばきっと、『おとなしくした方が身のためだ』となるだろう。多分
「わふぁっはお……」
(訳:わかったよ……)
ここはおとなしくしておいた方がいい。
そう判断して諦めた。
「ふむ。よろしい!それっ」
「うわ!」
するとどうだろう。機嫌の良さそうな声と同時に、足が持ち上がる。
一瞬、倒れるかと思ったが、しかし、僕は倒れることなく浮き上がった。
否、持ち上げられた。
「ちょ、ちょっとシャミ!?」
僕がシャミと呼んだその人は、薄いピンク色の短い髪を揺らしながらずんずん歩いて行く。
彼女はシャミ・アルケミー。僕の3つ上の姉だ。
ちなみに僕は今、16歳なのでシャミは19歳になる。
身長は僕よりも頭一個分高い。というか、僕の身長が小さいだけなのだろうが。
村で唯一の同じ年の友人が居るが、彼も僕より断然大きい。
結果、僕はほとんど人を見上げる形となる。
というか、今の状態だと見上げる他ない。
「あのさー、シャミ」
「んー?」
「降ろして」
「うんー……………。」
「聞いてるッ!?」
「うんー…………………………。」
絶対に聞いてない。
酷い姉だと思わずにはいられない。僕は今、俗に言う『お姫様だっこ』されているのだから。
恥ずかしくないわけがない。幸い周りには人がいないものの、男として恥ずかしい。
「降ろしてよ」
「うーん…………。」
「ねぇってば」
「そうねー………。」
「疲れなーい?」
「うんー…………。」
「貧にゅ………」
「お黙れ」
「ひゃい」
流石に調子に乗りすぎた。
アメジスト色の瞳にギロリと睨まれ、僕は人形の如く固まったのだった。
◇ ◇ ◇
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