宇治抹 2015-11-01 19:02:42 |
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第1話-1
「───っ!」
直太郎は飛び上がるように目を覚ました。嫌な夢を見たとでも言うように、彼の体は汗で濡れていた。直太郎は高まる動悸を抑えるように、ゆっくりと息を吐いた。
「また……あの時の夢か」
それは1年前、まだ直太郎が中学三年生だった頃だ。直太郎は撃破されて退場途中だった敵の一人を容赦なく斬りつけ、流血沙汰の事故を招いたことがある。
直太郎の手にはまだ、斬りつけた時の生々しい感触が残っていた。
「……はは……我ながら、本当に不注意だったよな……」
言葉通り、敵を倒すことばかりを考えていた直太郎の不注意であることは確かだ。そもそも普通に試合をしている分には流血沙汰など起きようもない。
選手たちは試合中、プロテクトコートと呼ばれる特殊な衣服を身に纏っており、そのコートのおかげであらゆる攻撃から身を守ることが可能となっていた。刃だろうが剣異だろうが、そのコートは完全に防御してくれる。
ただ一点。そんなコートに弱点があるとすれば、耐久面だろう。
プロテクトコートには耐久値というものが設定されており、それが0になると防御能力が著しく低下する。従って選手達は耐久値を気にしながら戦うことを余儀なくされるのだ。
もしも耐久値が0になった場合、戦闘不可能と判断されフィールドから退場しなければいけない。
直太郎は恐らく退場中の敵選手を誤って攻撃してしまったのだろう。別の場所でチームメイトの手によって倒され、フィールド外へ出ようとしていた敵選手の背中に向かって。
「…………っ」
なんて間抜けなことをしてしまったのだろう。退場中の選手を攻撃するなど、あってはならない行為だ。敗北を意味する赤い帯も出ていただろうに。
プロテクトコートは耐久値が0になると選手の周りに赤い帯が現れる。それはもう目立って目立って仕方がないほど過剰に。だから普通、あんな目立つものを見落とすことはない。
なのに、直太郎にはそれが見えなかった。勝利ばかりを求め続けた結果、赤い帯の意味が頭から消え失せていたのだ。
敵を倒す。それだけを考えて剣を振るっていた過去の自分に恐れを抱く。それでは殺人鬼と何ら変わらないではないか。
不幸中の幸いとでも言うべきか、相手の選手は軽傷で済んだ。耐久値を0にされたプロテクトコートでも万が一のことを考え余力を残している。おかげで直太郎の刃は深く突き刺さることはなかった。
だが──問題は敗北の選手に追い打ちをかけるような真似をしたことにあった。
わざとじゃないにしても、みすみす許されるような行為ではないだろう。
当然、直太郎のチームはルール違反による敗北を下され、二回戦目で大会を去った。
『お前のせいだ……っ!』
そんなチームメイトの悲痛な叫びは、今でもハッキリ思い出せるほど心の奥底まで突き刺さっていた。まるで、罪を犯した直太郎への戒めのように。
それからというもの、直太郎は周囲の目を気にするようになった。
「冷酷にも敗北した選手に攻撃を加える」
その話題が大きく広まり、どこに行っても付きまとう。それもそのはず、優勝候補と目されていた直太郎がそんな事故を引き起こしたのだ。注目度が他の選手と比べ物にならない。
『二度とブレードに関わるな』
『その血まみれの手で、また誰かを傷つけるのか』
そんな言葉の数々が無情にも直太郎に降り注ぐ。耳を塞いでも、目を閉じでも、その言動が脳裏から離れない。
いつしか直太郎は、剣が握れなくなっていた──。
「はぁ……」
ぽすんっ──と、直太郎は再びベッドの上で横になる。視線の先には今まで苦楽を共にしてきた己の相棒の姿があった。銀色に光り輝くそれは、まだ戦い足りないとでも語っているようだ。
父親に憧れ、興味を持ったブレード。だが、始めたきっかけはある人を守るためだった。かつて、虐められていた自分を救ってくれたあの子の為に──。
剣を見ているうちに深い眠りに誘われて、直太郎はゆっくりと瞼を閉じる。
その寸前。家のチャイム音が部屋まで届き、直太郎は現実に引き戻された。
危うく落ちかけたが、そろそろ起きなくてはいけない時間だ。直太郎は重たい瞼のまま洗面台へと向かう。気は進まないが、今日も学校がある。いつまでも寝ていられない。
母親が玄関口で誰かと話している声が聞こえた。恐らく相手は直太郎の友人、花崎(はなさき)梨穂子(りほこ)だろう。このぐらいの時間になると、決まって直太郎の迎えに来る。
わざわざ来る必要はないと直太郎は何度も言っているが、梨穂子はそれを聞き入れるつもりはないようだ。
玄関の方へ視線を向けると母が梨穂子と楽しそうに話している様子が伺えた。「相変わらず美人さんねー」などという言葉を重ねて、梨穂子を困らせているようにも見えるが。
確かに梨穂子は幼馴染の目から見ても美人だと思う。艶やかで真っ直ぐに流れ落ちる黒髪。梨穂子の父親が厳格な人だからだろうか、育ちの良さが滲み出ているかのように整った容姿。
まるでお人形みたいとよく言われているそうだが、なるほど確かに的を射ていると直太郎も共感したぐらいだ。まさに大和撫子といった感じの女の子だろう。
「あ、ナオ君。お迎えが来たわよ」
直太郎の存在に気づいたらしい母が声をかけてきた。
「分かってるよ、声が聞こえたから。おはよう、梨穂子」
「あっ、はい。おはようございます、直太郎君」
梨穂子は畏まった口調で挨拶を返す。
直太郎と梨穂子は同い年だ。昔はもっと砕けた口調で話してくれていた梨穂子だが、いつからか直太郎に対して敬語を使うようになった。
お互いを『リホ』『ナオ君』と呼ぶこともなくなり、まるで二人の間に大きな壁でも生まれてしまったように思える。
「早めに支度を済ませるから、少しだけ待っててくれ」
「はい。お言葉に甘えて」
直太郎はそれだけを伝えると、部屋の中へと姿を消した。
今の会話の中で、二人は一度も目を合わせなかった。──というよりも、目を合わせようとしなかったのは直太郎の方だったかもしれない。
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