雪風 2015-06-07 23:36:40 |
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女性がまた首を振る。
「だから謝ることなんてないよ。泣かないで。」
そう言われても僕の涙は止まらない。
「昨日が最後なんて……思わなかったから……だから僕は……」
泣いてましい言葉が上手く出てこない。
「泣かないでよ。大丈夫だから。」
何が大丈夫なのだろう?
そう思う僕に女性が続ける。
「昨日が最後なんてことはないよ。」
「………?」
そこで一息つく女性。
「あたしはね、物心ついた時から猫を飼っているの。父も母も猫好きでね。近所から猫屋敷なんて言われてるのよ、この家は。……だからね、たくさんの猫と会ってきたの。その中にはこの子と同じ様に、身体が弱くて直ぐに命が終わってしまう子もいた。」
「………。」
「だけど、確信的に感じることがあるの。産まれてきた仔猫の中にさ、ああ、前に会ったことある猫だ、と。」
「………。」
「猫は何度か生まれ変わると云うけど、それは本当だよ。」
「……生まれ変わる?」
抑えた泣き声で訊く。
「うん。猫は生まれ変わる。そしてね、身体が弱かった子は、次は凄く元気に産まれてくるのよ。皆そうだった。」
女性は真顔だった。
「少しさ、今回はタイミングが早かったんだよね。この子は君に早く会いたくなって、まだ自分の身体の状態の準備も、そして君に猫を飼う環境という準備も出来てない状況でこの世に出てきちゃったのよ。」
思考はあまり働かない。だから、僕の脳は女性の言葉を否定も肯定もしない。
「つまりこの子はさ、今回は君に顔見せに来たんだよ。次に生まれ変わって来るときの飼い主に挨拶しに来たんだよ。だから、次に元気に産まれてきた時に、この子はまた君に会うんだよ。」
「………。」
思考は出来ないが、感情は揺さぶられる。
女性の言葉が真実のことであろうとなかろうと、とても優しい響きを感じた。
その優しさは僕に向けられたものなのか、仔猫に向けられているものなのかは判らなかったが、優しさは心を動かす。感情が揺れて涙はさらに溢れ出してくる。
「あさ、この子を抱っこしてあげて。また会うにしろ暫くお別れだもん。この子が満足するまで一緒にいてあげて。」
女性は両手で包み込むように、仔猫の身体を籠から持ち上げた。
そして、ゆっくりと僕に手渡してくれた。
僕は両手で仔猫を抱きながら、膝の上に乗せる。
両目を瞑り、少し開いた口から小さな牙が見えている。
その牙があまりにも小さくて、それが何だか哀しかった。
「まだこんなに小さい牙だったのに……」
仔猫はこの牙を使って狩をする機会など無かったことだろう。
「ああ、牙ね。小さくて可愛いでしょう。」
そうか。と思う。
牙が可愛いなんて発想はなかった。
でも確かにそう言われれば可愛い。
異性の感性に触れた僕は、新たな発見を感じた。
お前、なんにもかもが愛される素質を持っていったんだな。
心の中で呟く。
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