雪風 2015-06-07 23:36:40 |
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「わかった!?そういうことだから!猫は飼わないでよ!」
結衣は勝ち誇ったように言った。
「結衣……」
お父さんは少なからず結衣の態度に立腹しているのだろう。険しい表情をしている。だけど言葉が続かない。
叱る気はないか……。
そう思う。
むしろ、僕が引くのを待っているかもしれない。
そうすればこの問題は解決する。この家族の新たな問題は浮かび上がってしまったが、少なくとも目の前の事態は幕引きができる。
「ごめんなさい、我が儘を言って。仔猫のことは、もういいです。」
涙が僕の頬を流れた。
もう諦めるしかない。自分の主張をもう一度する立場には僕はない。
結衣の言う通り僕は新参者だ。
そして、これ以上お母さんに辛い思いはさせられない。
お母さんは、結衣に気を使うあまり実子の僕に我慢を強いるしかない程にこの家庭内で弱い立場だ。
そんなお母さんを苦しめてしまった。
それを思うと哀しみが強まり、僕の頬をまた涙が流れていく。
「何よ、泣き脅し?男のくせに、みっともない。そんな卑怯な真似したって猫は飼わせないんだから!」
僕の涙を見た結衣は、そう吐き捨てるように言うと、再び座ってテレビを見始めた。
僕の心はそんなに強くない。そして優しくもない。結衣の今の言葉を聞き、心に暗い思いが生まれた。結衣への暗い思いが。
僕は、お父さんに向けて頭を下げて立ち上がる。
もう、ここには居たくない。早足で扉に向かう。
「駿太君、待ちなさい!」
お父さんの声が背中越しに聞こえるが、
「失礼しました。」
と言い放って早足で扉に向かった。
一刻も早くこの場を去りたかった。
はやり、ここは居心地が悪いし、良いことがあったためしがない。
早く独りになりたい。
玄関で靴を履いていると、お母さんが追いかけてきた。
「どこに行くの!?雨に濡れたんだからお風呂に入っていって!」
その声は物悲しさを多分に含んでいた。当然、心境がそうさせているのだろう。
では、その心境とはどんなだろう。
結衣の嘘を嘘と言えなかった後ろめたさ。
そして、嘘をついている結衣を庇うことで、僕に猫を諦めさせた後ろめたさ。
つまり、後ろめたさだと思う。
「お風呂はいいや。猫のことを断りに行かなくちゃ。」
なるべく明るい声を出そうとしたのに、沈んだ声が出てしまった。
僕が元気を出さなければ、お母さんは自分をさらに責めてしまうのはよく解っていたのに。
だけど、僕には余裕がなかった。
「風邪をひくから!お風呂に入っていきなさい!」
お母さんは少し声を荒げたが、怒りがそうさせたのではないだろう。悲痛な思いからだ。
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