天羽の隠れ家リニューアルバージョン

エイプリルフールの桐絵ちゃん



「迅!これどういうこと!?」

4月1日の玉狛支部は朝から騒がしかった。
羽のようなアホ毛の生えた、いかにも活発そうな女子――小南桐絵が、ソファに座りながらぼんち揚を食べている一人の男の事を呼んだ。

「これ、今日からA級隊員だけに、本部で先行販売だってさ」

ぼんち揚食う?、といいながら、その男は新聞に挟まった広告を出した。その男の名は、迅悠一。かつては黒トリガーを所持していた、かなりの実力を持つ隊員である。

一部の女性には嫌な顔で見られることも多いが、「未来視」のサイドエフェクトの持ち主。大規模侵攻では敵の配置を予知し、被害を減少させることに大きく貢献した。「大規模侵攻勝利の影の立役者」とも言われている。

「なにこれっ!!　メガネ型のトリガー!?」

チラシを手に取った彼女は、今にも本部へ向かいそうな勢いだった。急いで自分の部屋に戻っていった。

「騙して大丈夫なのか?黙ってると本当に本部行くぞ」

エプロンを掛けたその男の名は、木崎レイジ。体格の良い彼は、戦闘訓練から餃子作りまでこなす、まさに「万能筋肉」なのだった。

「いやー、大丈夫でしょ、向こうでも嘘が待ち構えてる」

「それもそうか、多分忍田本部長がうまくバラしてくれるな」

話しているうちに、小南が部屋から帰ってきた。

「じゃあ本部行って来るね!」

そう言って、支部から出て行ってしまった。

＊＊
分かっていると思うが、これは本部と玉狛支部が仕掛けた“嘘”なのだ。
嘘、というより「ドッキリ」の方が近いだろうか。
そう、今日はエイプリルフール。騙されやすく、宇宙人も信じている小南を騙すために、防衛任務の合間を縫って、玉狛支部の全員、そして忍田本部長で仕掛けた、一日がかりの壮大なドッキリなのである。
これから、どんな嘘が待っているのだろうか…
＊＊

「あーもう売り切れちゃうかもしれないのにー!!」

今日は、あいにく風が強く、しかも向かい風だった。
それでも、チラシの内容を信じきってる小南は走り続ける。

「あれ、こなみ先輩、今日も10本勝負する予定じゃなかったの?」

小南の弟子、空閑遊真が、向こうから歩いてくる。迅の影響なのか、ぼんち揚を手に持っていた。

「遊真、あたしこれから本部行くから、また明日ね!」

といって、走り去ってしまった。

「嘘はついてないっぽいけど…何しにいくんだろ」

小南は、遊真の呟きも耳に入らないほど、全力疾走で走っていた。



本部に入ると、非番の隊員やC級隊員が、辺りで話し合っていた。
小南は、たまたま近くに居た、赤いジャージの男――嵐山に、声をかけた。

「ねえ准、なんかあったの?」

いつものように呼び捨てで聞いた。小南と嵐山は従兄妹で、名前も呼び捨てで呼んでいる事から、よく恋人に間違われることもあるらしい。だが、そんなことは気にならなかった。

「聞いてないのか?忍田本部長と沢村補佐が結婚したんだぞ」

「え!?本部長と沢村さんが結婚!!どういう風の吹き回し?」

「沢村補佐が本部長の事が好きで、大規模侵攻の後告白したんだって」

落ち着いて話し始める。

「で、今日結婚したんだって。迅から聞いてなかったのか?」

「あたしが聞いたのは、メガネ型トリガーの事だけど、まだ売ってる?」

「メガネ型トリガーか、なら二階で出水と賢が売ってるよ、聞いてみよっか?」

嵐山は、携帯を取り出し、同じ隊の佐鳥に聞こうとした。
だが、小南はそれを断った。「自分で行く!」と言い出し、人をよけながらまた走っていった。

「大丈夫ですか?嵐山先輩」

遠くからやり取りを見ていた木虎が声をかける。
だが、嵐山はそれには応えず、遠くを見ていた。

「相変わらずだな、桐絵は…」

といって、小南が走っていった方向を見つめていた。

しばらくの間、二人に沈黙が流れた。

堪りかねたかの様に、木虎が口を開いた。

「出水先輩と佐鳥先輩に任せておいて大丈夫なんですか?」

「大丈夫、あの二人なら上手くやってくれるさ」

嵐山はそう言って、「俺たちも防衛任務の準備をしようか」と言って、去ってしまった。木虎もそれを追う。


《続く》