白亜 2015-01-27 15:46:03 |
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閉店後自宅にもどり仮眠をとった後、外出着に着替えると女性が忘れていった髪留めをコートのポケットにしまいどこにでもあるようなアパートの扉を開けた。二階建ての1DK、一人暮らしなのでワンルームでも良いのだがこのあたりは相場が安いこともありここを借りた。寝室と他の生活空間は別のほうがメリハリがあって良い、そんな思惑があったがいざ住んでみると家にいる時間など少ないものでほとんどが寝に帰ってくるようなものだった。
外気は鋭い冷たさで肌を刺した。午前9時、今から行けば多少迷っても10時には図書館につく。あまり電車に乗ってどこかへ出かけることもないが隣駅に行くくらいなら何の問題もなく躊躇わずに済んだ。最近は人付き合いも店くらいで、休日は一人で読書をするかため込んだ家事をする程度だった。昨晩の忘れ物は俺にとって出かける口実に過ぎないようにも感じた。理由がないと外に出れない、目的がないと行動に移せない、いつの間にかこんなつまらない生活を送っていた。
冬らしい寂しい並木道に差し掛かると多少車が走っていた、それぞれの家、それぞれの人々がそれぞれの暮らしを滞りなく送る。歩行者は少なく自分の時間だけが遅く進んでいるような気がした。勘違いにすぎないことは解っているが吐く息の白さ、ゆっくりと広がる吐息がスローモーションのようで妙な疎外感を覚えた。時折吹く強い風の音が耳に痛い。俺を追いたてるように背中を押した。
並木道の中程に差し掛かるとT字路になっており右折すると駅が見える。大きなロータリーの先にある入口に人がどんどん飲みこまれていった。俺も今からあの口に食べられる、その先には一人で歩いている今とは違い多くの人間の思惑や汚い感情が渦巻いている。混沌の中に、泥濘のような集団に交じれば俺もその一部になる。気持ち悪いようなそれに流されて飲みこまれてしまいたいような気持になった。しかし改札を抜けてもあんなに人が飲みこまれていたとは思えないほど閑散としており、呆気ないものだった。どこの街にもあるような上りと下りがあるだけの駅、ここから30分も行けばターミナル駅に行けるが、もうずいぶんと行っていない。上り列車を待つ間、12分の時間がある。こういった微妙な時間が嫌いだ。何をしようにもできることなどなく、かといってただ座っているには長い。最近はこのような待ち時間をスーマートフォンのゲーム等で簡単に消化するようだが何故かそういった娯楽が苦手で手を出せずにいた。実体が欲しいのだ。電子書籍ならと考えもしたが、どうも紙の質感が欲しくなる。特に文庫本の紙、あの「ぬめり感」が非常に安心を与えてくれる。仕方なくベンチに座って何となく空を眺めた、晴れているのか曇っているのかわからないようなただ白い空だった。くすんだ白、透明度が低く、彩度の低い空、しかし暗くない。自分の心が重なった。
寒さに体が軋んできた頃列車が到着した。つまらないアナウンスと圧迫感を連れて。乗り込むと湿ったような暖かい空気が顔じゅうに張り付くようで不快になった。空席が目立ち平日のこの時間帯が寂しいものだと久々に感じた。そう言えば昼間に活動すること自体が久しぶりだったのだ。次にこの時間の「他人の生活」を感じるのはいつだろうか。窓に流れる街並み、家のすぐ隣を走る列車の窓から一瞬だけ覗ける他人の生活。カーテンを開け光を入れているつもりだろうか、こちら側からは家の中を見ているというのに家主はそれを知らない。知らずに生活を送っている。ある家はとても綺麗な白い壁紙、大きなテーブルに一人で座って前を向いていた。恐らく家族は仕事に出かけ、子供が居れば学校に行っているのか、その間にあの女性はテレビでも見ているのだろう。ある家は前かがみになって何かをしていた。きっと掃除機をかけている、主婦なのだろう。この時間に自宅で活動しているのは大抵主婦なのだと解った。そうして他人に一方的な干渉をしていると隣駅についた。なんだか楽しい時間を奪うような耳障りな声で到着を知らされた。何故、車掌のアナウンスというのはこういう声なのだろうか。
一歩外に出てしまえば途端に現実へ連れ戻され、やはり冷たい空気が刺さったが外気のほうが居心地がいいと知った。此処からはまた自分だけの時間が流れる。
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