ブラック 2014-10-18 07:11:51 |
通報 |
脱獄のチャンスは一度(ルパン三世赤ジャケ/続編ある的な雰囲気/サブ女キャラ視点)
たった一度しかない、それでも彼は笑っていた――。
脱 獄 の チ ャ ン ス は 一 度
都内某所の留置所で、一人の男が放り込まれた。名前をルパン三世というらしい。
警官になったばかりの私は、ルパン三世という男がどんな人物なのかまだ分からない。
極悪な奴かもしれないし、気さくな少年かも知れない。そんな期待と不安の中、私はルパン三世が放り込まれている鉄格子に向かう。
カツンカツン、ブーツの底が冷たいコンクリートにぶつかり、この留置所全体に響かせながら私という人物が歩いている事を証明し、尚且つ主張している。
「ルパン三世――だな」
鉄格子の上に部屋の番号が書かれていた。No.333。どれだけ3という数字が好きなのだろうか。
手に持っていたトレーをトレーしか入らせないように作った扉の前に置き、扉を開け、トレーを中に入れる。今日の朝食のようだ。
初めてルパン三世という男を見たが、予想以上に気さくな青年だと思った。コイツが本当に物を盗むのかと。
遠目で見ればそれはとてもイイ男だと言える、が。私が近付いた事、扉を開けたこと、それに対して横向きの顔が一気に私の方に向く。その瞬間、ガツン。頭を叩かれたような気がした。
瞳には一切合切、光など宿っていなくただ昔の様に笑顔を貼り付け、ただただその場に居るようにしか見えなかった。
「君新しい子? 可愛い系って言うより、美人系? でも不二子には敵わないなぁ。残念」
クックックッ。そんな笑みで私を見た。本当に光は宿っていない。口から出てきた不二子という人が多分女だという事は予測できるが、どうしても、私はこの男が普段からこんな感じだとは思えない。
「……その不二子とやらを知らないが、侮辱罪として罪を重くしてやってもいいのだが?」
「元々ドロボーなんで、侮辱罪でも脅迫罪でも変わんないでしょ」
腕を頭の後ろで組みながら言ったこの男が、とても哀れに思えてきた。仲間は居るのか、誰かが助けに来ているのだろうか、警官でありながら、犯罪者にあってはならない感情を覚えてしまっていた。
もし誰も助けに来なければ、この男は死刑なのだ。
刑事や警官、銭形警部にしてみれば万々歳な話だけれど、この男にとってはとても辛い事だろう。人生がそこで終る、それが一番怖いのはとても承知しているつもりだ。
我々警官も人の命を守る為の仕事であって、奪うものではない。だが、犯罪者には罪を償ってもらう必要があるため時として死刑という形になる。
「お前、仲間は居るのか?」
朝食は一向に手をつけず、けれど自分の持ち場なんて今はないので鉄格子を握り締めながら問いを投げる。
男は一瞬、何をバカな事を言っているという顔をした。だから「愚問だった」と、話題を終らせようとした。そしたら。
「居たぜ、結構前だったような気もするな。早撃ちのガンマンに、剣の達人に、スパイなのか盗賊なのか分からねぇ、曲者がな」
「いっ、今は、どうしているんだ? 仲間だったら、誰かが助けに来ようとするだろう……」
男は自身の口元に人差し指を置いて、それ以上は喋らなかった。ここから先は企業秘密、と言われている気分になり何も言い返せなくなる。
**
ルパン三世が捕まって一週間と少しが経過した。相変わらず、瞳には光が保っていない。けれど、どこか楽しそうに鳥や虫や雲に話しかけている。
同僚がルパン三世は狂ったんだ。なんて言い出すから、部署の中は「ルパン三世がついに狂った」という噂が響いた。死刑が近いから狂ったんだろう、また例の誤魔化しだろう。そんな会話が繰り広げられる。
正直、私は最近警官になったばかりのヒヨコで、例の誤魔化しが何なのか知らないけれど、聞く気にもなれなかった。だって、一度脱獄されているというのが分かったのだから。
そして、その日がやってきた。ルパン三世公開処刑の日。何も公開もしなくて良いのに。
「ついに! ルパン三世死刑執行の日がやって参りましたぁ!!」
マイク片手に煩い銭形警部の姿。公開処刑と言っても、テレビ中継で街のど真ん中で行われるという訳でもなかった。
私はきっと今この瞬間もテレビに映っているのだろうと思いながらも、警備を怠らず、ルパン三世を見つめる。
両手に繋がれた手錠、首には鎖が繋がれている。
派手な赤色のジャケット。そういえば、鉄格子の中では白黒の囚人服だったのだけれど、死ぬならいつもの服で逝かせて欲しいとの事だったので、囚人服から普段の服装になっているらしい。
これが彼の普段のスタイル。初めて目にするので、これが「ルパン三世」という人物が常に羽織っているんだと、感動が生まれた。
「じゃぁルパン、この台の上に乗れ! 動くなよ」
ルパン三世の足は、小さな台の上に乗った。そしてその台のすぐ目の前に大きな穴がある。
嬉しそうにする警部を遠目で見つめながら、私は小さく俯く。結局誰も来なかった。身内も、仲間だった人も、この男に会いに来るのは三食運んで来る者か、銭形警部か、男の狂い具合を見に来る者だけだった。
それがどうしようもなく、悲しく感じた。
「とっつあん、少しだけ良いか?」
ルパン三世が口を開いた。銭形警部は警戒した様子はなく、けれど普段の様子でもない声で放った。
「お前の最後の言葉になるだろうからな、少しだけだ」
「あんがと」
暗く、低く放たれたルパン三世の声。俯いていた男の頭がスッと上がり、私と目が合う。そして「今まで俺に飯持ってきてくれて、サンキューな」そう言ってルパン三世は台の上から、穴に向かって飛び降りた。
その一瞬のはずの動きがスローモーションの様に動き、ルパン三世から目が離せないで居た私は、普段とは全く別の、信じられないものを目の当たりにする。
「ごえもーん!」
でやぁぁぁ。声と共に刻まれていく鎖。袴姿の侍がルパンの首に繋がっていた鎖を刻む。それと同時に銃声がして、ドアが吹っ飛んだような音がし、一気に停電になる。
真っ暗で何も見なかったのだが、一瞬にして電気は点くが、銭形警部の手に握られていた鎖は途中から切れており、そこに赤いジャケットを着た男の姿はなかったのだ。
確かに彼は、最後の最後、自ら飛び降りる瞬間に私に向かい、口パクで『俺の仲間はサイコーよ! 女警官ちゃん』と伝えニィと楽しそうな笑みを浮かべてた。
けれど、今まで脱獄するチャンスなら幾らでもあったはずなのに、どうして今日を選んだのか私には分からないことだろう。
「ルパーン、まてぇぇ!」
銭形警部の声を聞きながら、ルパン三世を追うような振りをして三歩ぐらい進み、さっきまでそこにいただろう場所に戻る。
穴の中に隠れたのか、それともどこかに逃げてしまったのだろうか。そんな事を思っていると足元に一枚の紙を見つける。
誰かが落としたのだろうかと拾い上げ、何か書かれているのかと真っ白な紙を裏返すと、そこにはフランス語でこう書かれていた。
『華麗なる女警官ちゃん
本日はルパン三世脱獄ショーにお付き合い頂き、誠にありがとうございます。
さぁて、俺がどうしてあんな表情をしていたか、おめぇさんはすぐに分かるだろうな。
脱獄がいつでも可能だって? こうやってテレビや警官が見てるときに脱獄って面白いだろ。
じゃ、とっつあんが俺を捕まえた時にまた会おうぜ!
派手好きの退屈嫌いなルパン三世』
トピック検索 |