ブラック 2014-10-18 07:11:51 |
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欲しい物
「なぁ、カラオケ行こうぜ」
「あ? 面倒。パス」
16歳になって色々面倒なことも増えた。友人の付き合いに、学校行事……。数えだしたらキリがない。何でも面倒で通しているわけではないのだが、今日は少し朝から気分は良い方だ。何でかって、それは兄貴が会いに来ると言っていたから。
俺を世話してくれたのが兄貴で、兄貴の上にも更に兄貴が居るのだが、ソイツとはあまり喋った記憶はない。俺は兄貴にしか興味がなかったのか、一番上の兄貴などどうでも良いようで、ずっと何から何まで兄貴に付いて行った。
だから今回のカラオケはパス。それにそんなに金を持っていないものあるし、まぁ、コイツが考えている事は予想できるので、コイツと二人きりで密室に行くのは抵抗がある。どうせロクな事しないだろ、お前。
「良いだろー? 付き合えよ。俺とお前の仲だろ?」
「どんな仲だ。それに俺は用事あるから、他の奴誘え」
じゃぁな。小さく挨拶を交わして、教室から出て行く。例え兄弟でも16年も離れていると兄弟じゃなく、親子に見える為、学校に迎えに行くのはどうかと兄貴が言っていたので、兄貴が会えると言った日は、大体公園で待ち合わせる事にしている。
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遊具なのないが、待ち合わせスポットしては問題ないだろうこの公園で、自販機の前で兄貴を見つける。何かジュースでも買うのだろうか、上手く行けば奢って貰えるなんて、どうせ全額兄貴が奢るのに、そんな事を考えて近付いていく。
「何が良い?」
脅かそうと思って、後ろに回ったのだけれど、とっくに気付かれて肩を震わす。そんなに怯える必要がどこにあるのだろうかと自分に言い聞かせて、「……オレ」と大事な部分を聞こえない状態で伝えたので、「は?」と返される。自分で言うのも恥ずかしくて未だに単語で言えず「いつもの!」と、後ろから怒鳴ってしまう。
それでも何も言わず、俺が好きなイチゴオレを買う兄貴は、小さい頃から変わらず好き。決して口に出す事は許されないけれど、兄貴として好きではなく、菅野良太として恋愛対象で見てしまっている。
「見た目のイメージ感なしだな、いつも」
「うるせ! 甘いのが好きで悪かったな!」
「可愛いのも好きだろ、お前」
うっ、言葉が詰まる。甘いもの、可愛いものつまり女子が好むもの全てが好きで仕方が無い。
ある時は身長など関係がなく、男の格好のまま、女子が入る店に入ってやった。決して、下着屋ではない。ファンシーショップや、服屋そういったところ。女性向けの店にはやっぱり女性客しかないので、店員にも「彼女さんへのプレゼントですか?」なんて何度も聞かれた。その度にいいえ、なんて言えないのではい、そうです。と答えて、適当に架空の彼女でも作っておいた。
「っで、メールで見たけど、お前の趣味がバレた……と」
「趣味じゃねぇ! 絶対趣味じゃねぇ! 好きなだけだ!」
趣味って何だよ、俺が女装癖があるみたいな言い方。いや、別に女装が嫌いってわけじゃ、寧ろ女子の服が着れるのは嬉しいけど、週末に毎回女装して街中歩く奴じゃないからな。
「好きなだけの癖に何で女装して街中歩いていたんだ? もうそれ完全に趣味だろ、にしても友人もよく気が付いたな」
「だから俺に女装趣味なんか持ってねぇ!!」
大声で叫ぶと、兄貴に口を押さえられる。何をするんだと言いたかったけれど、辺りに人がそんなに居なく、距離も大分あったので聞こえてはいないだろう。口を押さえられていなければ、これ以上の事を言っていたのかもしれない。
「……やっぱ声だな。女みたいに頑張って低音高音使い分けれるわけじゃないから」
よく歌で男声で歌う女性を見る。その時に思うのが、女は男装すればバレない確率は高いだろうとよく考える。男は女声を出せないので、女装したら必ずバレる。
「俺に女装が友人にバレた、何てメールしても俺は解決できないからな」
「んな事は分かってる!」
バラさない代わりにと言われて、ソイツと遊ぶときは必ず、女装しなければならない。そう、それが今日カラオケに誘ってきたアイツ。本心は別に女の服が着れるから良いけれど、その後が嫌だ。何かしら良く分からないおもちゃを俺に使おうとしてくるから、毎回ぶっ飛ばす。
俺は女装してそういう遊びがしたいわけではなく、ただ純粋に女の服や、甘いものが好きなだけ。
「分かった分かった。それで、俺は今日結構空いてるけど、何かしたいことあるのか?」
適当に流されたけれど、俺の好き嫌いについて話していても仕方がないので、何かしたいことがないかと尋ねられる前に、丁度、好みの服装をした女性が目に付き、目で追いかけて可愛い、着てみたい、なんて思っていると俺の心を見透かしたように「着たいのか?」って尋ねてきた。
「いるか! あんなフリフリなモン付いてて、短くてふんわりして、淡いピンクのスカートの左側に赤いリボンが付いてて、胸元が見えそうなぐらい開いてて、ベージュのパーカーなんて、着たくも見たくもねぇ!」
「かなり具体的に見てたな」
言った後だからもう遅い。分かってる、本当は着たくてしょうがない。だけど、部屋の中で着て満足してそれで良いはずだったのに、最近誰かに見てもらいたい衝動がある。
自分は男なのに、街中で「可愛い」なんて言われてみたいと思い、つい、外を歩いてしまう。
でもそういう時に限って、同じクラスの奴や、中学の連れを良く見かける。
「き、着たいって言ったら……買ってくれんのかよ? おっさん」
「その言い方だと買ってやらない」
「兄貴」
「昔みたいにお兄ちゃんって言ってくれないと、買ってやらない」
いつの話だよ! 覚えてねぇよ!
突っ込みたいけれど、こう言った時の兄貴は全然何も買ってくれないので、仕方なく、本当に仕方なく、自分の欲望のためだけに「お、お兄ちゃん」と呼ぶ。
17年も歳が離れてるのにな。これで良いのかと思って兄貴の顔を見ると、まだ 満足していないのか「昔の柚は可愛かったなぁ」何て言うので、自分の中での可愛いを探し、ぎゅっと袖を掴み「お兄ちゃん、買って?」と言った。
恥ずかしくて今すぐにでもしゃがみ込みたい。
「はいはい。それだけで良いのか?」
「まだ、何か言わなきゃなんないのかよ」
「欲しい物はそれだけか?」
言い直されて、暫し考え口から零れた言葉は――キス。
覚えていないけれど、兄貴が俺にキスをしたらしい。その時のキスを上回るぐらいの、面倒で結構変な趣味の弟に、呆れながら優しくキスして欲しい。――今は、それだけで良い、はず。
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