ブラック 2014-10-18 07:11:51 |
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Abandoned cat(ルパン三世2nd)
何気なしに、というより、学校の帰り道をただ帰宅するという意味だけで歩いていれば、見慣れない物がそこにあった。
大きな段ボール箱からはみ出た腕と脚。長さ的には大人だろう。まるで捨て猫のようだ。
布団代わりか隠しているのか恐らく後者で、ダンボールに風呂に浸かるみたいになっている誰かの上に、赤いジャケットがあった。
飛んでいかないようになのか、ジャケットを片手で押さえ、規則正しいとは言えない動きを繰り返していた。それと同時に唸り声みたいなのが聞こえる。
うっ……。どこかを痛めているのだろうかと思いながら、黙って見続ける。
意識はあるのだろう、時々ジャケットを押さえていた手に力が入る。
「くっ……」
顔を見なくてもかなり辛そうだという事が分かるが、助ける必要などない。――そう思う人もいれば、助けて後々利用しようと思う人も居る。
俺はどちらに染まるかと問われればどちらでもあると思う。助けたところでもう手遅れだという場合もある。変に助けて後々後悔されるなら、助けない方が良いだろう。
結論から言うと、俺は誰かを助ける時は「人を選ぶ」という事だ。我ながら身勝手な話だが。
そしてこの場合。目の前には多分大人が居る。そして呻き声と共に息遣いが荒いのが、体の動きで予測できる。
助けようと助けまいと俺の勝手だ。目の前で息絶えられても後味が悪い。体もとっくに冷えているだろう。何しろこんな土砂降りの雨で、体温が変わらないというのはないだろう。
下がっては上がるか、下がったままか、上がったままだと思う。
もう無意味だとは思ったけれど、一応差していた傘を誰かの上に覆ってみた。水の跳ね返る音と共に、誰かに水が当たることはない。
「誰、だ……?」
声を出す事も辛そうだと思いながらジャケットの下から声がした。きっと初めから気配はしていたのだろう。隠すつもりもなかったし、俺が気配を消そうとしたところで所詮は子供の遊びでしかない。
「ただの通りすがりの一般人ですよ」
そう言えば、何の真似だと問われた。そりゃそうだろう。いきなり一般人が居て、傘を差されたら誰だってそう思う。俺だって同じだ。
顔は分からないが、声の低さで何となく不機嫌だというのが分かった。地声じゃない、怒りを含んだ声だ。
「衣食住は提供できますけど、どうします?」
ホームレスなのかと聞かれると答えはNOだ。ただのホームレスだったら俺も近付かずにさっさと帰宅している。
何故目の前に居る誰かに、こうやって衣食住など提供しようと思うと、見覚えのあるのがあったからだ。
まず、赤いジャケット、そして白のスラックス、革靴、これだけだと判定しにくいのだが、先程聞いた声は、明らかにそのものだった。
だがどうしてこんな所に居るのだろうか、もっと人通りの少ない所に居るべきだろう、学生や仕事などで通る人は多いだろう。そんな場所に居たら、ほぼ確立的に、アウトだ。こういった職業の人間は特に。
「要らねぇよ」
拒絶。拒絶された事に何も文句はない。職業上仕方の無い事であるからして、無理に押し付けるのもよくないだろう。他に理由があるのかどうかは分からないが。
「傘は差し上げます。返品不要です。要らなくなったら捨てて下さい。せめて、この雨が止むまでは使って欲しいですが」
地面に傘の取っ手を置き、顔の部分に当たる所を覆う様に傘を傾けた。衣食住が要らないと言うなら、せめて体調ぐらい管理して欲しいと、画面越しにしかお会いした事がなかった誰かに、遠まわしに告げてみた。
余計なお節介でも構わないから、一瞬だけ話す事が出来て良かったのだ。例え自分がずぶ濡れになったとしても。
**
よく晴れた晴天の事。帰り道と行き道が違うというのも学生の気まぐれだろう。昨日の事をふと思い出して、その方向に歩いて行った。居なくなっているのかも知れない。完全にそこに居るという証拠は一切ない。
角を右に曲がったら、昨日見た段ボール箱が存在した。昨日よりグショグショのへニョへニョ状態で。
雨に濡れたからこんなになったのだろうと考えるまでもない。それでも、ダンボールからはみ出た腕と脚。
段々近付いて行って、昨日と同じ人物だと見ても分かる。昨日とは様が違うが。昨日より悪化していないかと思われる呼吸の速さに、ジャケットを押さえている指先の震え。
そして、濡れたダンボールの上から見て左端と右端に赤い染みが出来ていた。恐らく血液だ。 昨日の雨で滲んで流れて来たのだろう。
「寒そうですね」
声を掛けてみた。どういう反応をするのか、また不機嫌に返事をされるのか、そういう口実を自分の中で作った。
「おめぇか」
どうやら覚えていてくれたようで、頬が緩んだ。そうえば昨日置いていったビニール傘が見当たらないと思っていると、ダンボールで隠れていたようで、畳まれて置いてあった。
「傘、そこにあんだろ。それ、返しておくぜ」
「返品不要って言ったはずですけど……」
身を屈めて横向きに置いてあった傘を手に取った。それに気が付きながらも、気付いてない振りをした。
「大分、声嗄れてますけど、緑茶でも飲みます? 未開封ペットボトルの」
水筒を持っているわけではない。たまたま自販機で買った緑茶。買った癖に開けてはない。何故買ったんだと思われる。思いたければ思え。
「んあ? あぁ……」
一瞬何を言っているのか理解出来なかったのだろうかと思ったのだが、曖昧に肯定をされ、鞄からペットボトルを取り出して、蓋を一回外してまた蓋を軽く閉め、投げ出されてる手に、ぺッペットボトルを当てた。寒い時に冷たい物を触った時の様に、ピクリと手が震えたのを目に捉えた。
「蓋、今さっき開けたので、開けやすいと思いますよ」
そう言うとペットボトルを掴み、腕を引っ込めて緑茶を飲んでいく音が聞こえてきた。
よほど喉が渇いていたのか、返って来たペットボトルはほぼ空だった。と同時にそれが付いていた。
「風邪、引きますよ」
昨日の雨は凄かった、それでアレだけ濡れていたら風邪も引くだろう。昨日見た時、その白いスラックスは雨に濡れていた。それもビショビショに。
「あ、そう……」
他人事の様にしたので何も言えなかった。再び腕がダンボールの外に出てきて、腕を伸ばしたので何か欲しい物でもあるのかと尋ねると、何も言わず、羽織っていたブレザーを掴んだ。
そろそろ、カーディガンだけでも寒くはないので、衣替えしようと思っていた。だけれど、そんな事はどうでも良い。何故このように俺のブレザーを掴んだのか、それを考えるべきだ。
「んっ!?」
急に体が文字通り跳ねた。どうしたのだろうかと思いながらも、ジャケットを剥がす事はせずに、見つめていると、脚がガクガクと震えているのに気が付いた。
何にそんな震え上がっているのか、全く分からないが何かがあるのだろう。モゾモゾと何かが動いているのを捉えた。
小動物ぐらいの大きさがあり、上に行ったり下に行ったりと素早い動きを繰り返している。そして真ん中あたりで動きが止まったと思ったら、それとほぼ同時に体が反り返ったをの見た。
「くっ、ぁ……」
声を抑えているのだろう。つま先だけで地面に足を着け、ブレザーを握り締めている。本当にどうしたのだろうかと思っていたら「あっ」と色っぽい声が聞こえた。
その声と同時にビクンと体が跳ねて、腕伝いに何かが顔を現した。
チュウ。小さい鳴き声と共に、灰色の鼠が俺を見上げる。俺を食う前に俺がお前を潰す、だからそんな目で見るな。いい加減に腕から飛び降りるなりしたら良いのにと思ったので、鼠を摘まみ上げて後ろに軽く、鼠が着地できるように放り投げた。
どこからか迷い込んできたのか、良い隠れ家だと思ったのかは分からない。
「もうどこかに行きましたよ」
だから手を離せ、何て訳じゃない。どうして俺の服を掴んだまま一向に離す気配もないのだろう。そんな事を思っていたら、咳き込みだした。
「もう一度、衣食住は提供できますけど、どうします?」
昨日と同じ質問をした。昨日より大分弱っているだろう。既に風邪も引いて意識も定かではないかも知れない。そんな事分かりもしないのに、俺は自分にそう言い聞かせた。
「……お前は、見られたくねぇ時ってあんのか?」
急に質問をされた。全く関係のない質問。俺はどう答えるか悩んだものの、「俺は特に気にしない方です。やれって言われたから行動する方なので」と答えた。
嘘ではない。見られたくないと言うより、見たところでだから何だというのが俺の考えな為、あまり気にした事はない。彼女とキスしていたり、それ以上の事をしているのを見られたとしても、気にはしない。
そんな質問をしてくると言うのは、目の前で弱っている誰かは、見られたくない姿になっているかと、疑問を持つ。どうなっているのかは分からない。
「その質問は、貴方が見られたくないって思ってるから、俺に聞いたのですか?」
「……っせーなぁ」
柔らかく、けれど、どこか肯定したくない返事が返ってきた。何がどうなっているのかは想像するしかない。風邪で弱っているから見られたくないのか、他に理由があるのか。
「血の付いた傘とペットボトル」
俺の呟きに、反応した。そのままダンボールから目を逸らさずに口を開く。
「ダンボールに血の染みが出来ていたから、怪我してるのかと思った。傘が綺麗に畳まれているけれど、所々血が付いているという事は、畳んでいる最中に付いたものだと考えられる。次に渡したペットボトルに付着してた血。アレは飲み口に付いた様で、下に血が垂れていた」
ペットボトルに付着するという事は、唇を噛み締めて切れて血が出たのか、元から唇を怪我していたと考える方が良いだろう。それに、意味もなく伸ばされた腕。
鼠がいたから、何て訳ではないだろう。俺のブレザーを掴んだままだというのはどこか引っかかる。離してもいい筈だ。何故離さない。
「俺のブレザーを掴んだままなのは、俺にこの場を離れて欲しくないからでは?」
俺の問いでやっと気が付いたようで手をゆっくりと離していった。離れていく手を見つめながら、そのまま思っていた事を口にした。
「俺は貴方が好きです。男として憧れているという意味で。こうやって会話できる事自体が俺にとってあり得ない事です。だからかも知れないです。俺が、俺自身が、貴方を助けたいと思うのは。だから、俺に、住みかだけでも提供させてください」
そう、頼んだ。俺が人を助けるのに「人を選ぶ」のは、俺にとって当たり前の事で、今もこうやって選んだ訳だ。
この人を助けたい。だから、ペットボトルも未開封で、意味もなく緑茶を買って、今もこうして此処に居座っている。
その服の配色を見た時、声を聞いた時、投げ出された腕と脚を見たときにもしやと思った。そしてその通りだった。その為、余計に助けたいと思ってしまっていた。だからかも知れない。気が付いてしまっていた。
血が付着していたビニール傘、ただ単に畳んでいたら血が付いたのかも知れない。そんな傘をわざわざ返す人など居ないだろう。それが返って来たというのは、俺に、気が付いて欲しかったからなのかも知れない。血が付いたペットボトルも同じだろう。
「……すみません。忘れて――」
「一切合切、笑うなよ」
何事もなかったかのようにしようとしたら、急に忠告されて何かあると思いながらも肯定を表した。笑う事なんてない。
「笑うわけ、ないでしょう」
俺が言ったらジャケットを剥がそうと投げ出された右腕を、ジャケットに持って行ったものの自分で剥がす事に躊躇しているのか、数秒ほど動かずにいた。
そして小さく「わりぃが、剥がしてくんねぇか?」と問われた。YES、NOすら答えずにその大分水分を含んだジャケットに手を伸ばす。
「じゃ、剥がしますよ」
一応声を掛けてジャケットを剥がした。そうすると、目元を赤くした一人の男と目が合った。
気まずそうな顔で俺を見上げていた。そして気が付いた。ジャケットを頭から被るようにしていたのは、その三角のと長い筒状の所為だろう。と同時に、血液の臭い。
右腹と左の太腿から血が溢れていた。撃たれたと言う方が確率的には高い。太腿には、トレードマークの一つ、黄色いネクタイが巻かれていた。
怪我自体は問題に含まれていなかった。俺の中で未だに信用できないのが、黒い耳と尻尾。ユラユラと揺れたり、ピコピコと動いたりしている。どうしてそうなったのか何て今聞いても返ってこないだろう。
「そりゃ、アジトに帰るのは躊躇われますね」
怪我だけならアジトに戻っていただろう。だが、一切戻ろうとしないのは、その耳と尻尾の所為だろう。戻らないのではなく、戻りたくないのだ。そして、今の姿を例え相棒ですら、見られたくなかったのだろう。
「……ダンボールの中は寒いですよ。俺の使ってない部屋、隠れ家的には使えると思いますが、助けてあげましょうか?」
助けたいと改めて思った。こんな姿で留置所に行かせるなら、こんな道端より俺の住んでる部屋に来て欲しい。ましてや顔色も悪い状態で警察に捕まりはしないだろうけれど、絶対に警官に笑われるのが目に見えていた。
「――あぁ、助けてくれ」
藁にもすがる思いだったのだろうか。それとも風邪を引いているのからそう見えたのかもしれない。どちらなんて言えないが、俺はその姿と、震え上がった声を聞いて、左腕で男を抱きしめた。俺が、命を掛けてでも守ってやるという意味を込めて。
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