ブラック 2014-10-18 07:11:51 |
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【土砂降りの雨 次元大介の場合】
――ザァァァ。
窓から聞こえてくる音に憂鬱になった。本当なら帰っている時間帯なのに、机の上に置いた鞄に顔を埋める事しか出来ないのだ。
もうちょっと小雨なら帰れたのにな。なんて天気に愚痴っても仕方が無い。傘を忘れたのは自分なんだから、そう言い聞かせるしかないのだ。
「はぁ……」
もう4時なのに、一向に止む気配のない雨を見つめて、何か暇でも潰せそうなのがないか、探してみる。
机の中に入っていたのは教科書のノートだけで、鞄に入っているのは筆箱と今日の体育で使った体操服と水筒ぐらいだった。
いや本当に何かないのか。この際宿題でも教師の雑用でも何でも良いのだけれど、こういう時に限って何もないのが人生だ。
「…………」
途方に暮れていると教室のドアが開く音がした。部活の生徒が忘れ物でもしたのだろうかと、視線を向けることなくぼんやりと考えていれば、席に着く音がした。
私と同じように傘を忘れたのだろうかと考えながらも、自分から話しかける勇気もなく、誰なのかも分からないので再び鞄に顔を埋める。
「お前さん、傘でも忘れたのか?」
ふと声がしたので「うん、まぁ……」と返答した。声を聞いて凄く渋くて良い声だと思った。
そういえばクラスに一人だけ居たようなと曖昧な記憶を頼りに思い出していき、その声の主が次元大介という事に気が付いた。
次元大介は私の幼馴染みである、なんて事はなくただのクラスメイトなのだが、私は次元に苦手意識を持っている。
次元が何かしたと言うわけではなく、単に話しかけずらく、普段よく喋る方には入らず、一人で居る方が好きなようにも見える。
誰かと話すのが嫌いというようには見えず、たまにやってくるルパン三世や峰不二子や石川五右ェ門とはよく話しているのを見かけた事がある。
そんな次元に話しかけられ、『宿題はしたの?』『うん、まぁ……』と親子がするような返事だったと我ながら思う。
実際傘自体忘れたので、曖昧にしたところで意味はないのだが、傘を忘れた事に自分自身がまだ納得しきれていないのだろう。
「そりゃぁ、お気の毒だな」
鼻で笑われた。うん、好きにすれば良いと思う。忘れた自分が悪いのだから。
何も言えないでいると、席から立ち上がる音がして「ついてきな」と声が掛けられた。
どこに、何て聞いても答えてくれないだろうと思い、鞄を持って次元について行った。
**
「ほらよ、コレ使え」
そう言って渡されたのは黒い傘だった。下足に置いていると絶対に盗まれるだろうと思っていたのだけど、案外そうでもないのかもしれない。
「良いよ! 私は雨止むまで待つし」
私がこの傘を差して帰ったら次元は濡れて帰る事になる。この土砂降りの雨だ、どちらかが濡れて帰宅すれば風邪を引くのは目に見えている。
だから断ったのもあるし、次元という人物がどんな人なのかまだ全然知らないのに傘を借りるのにも抵抗があった。
「良いから使え。俺は濡れて帰っても問題ねぇからよ」
そう言って片手を振って外に出ようとする次元を見つめては、急いで靴を履き替えて後を追った。濡れて帰れば風邪を引く、傘は一本しかない。私は次元がどんな人なのかも知らない。
この三つをクリアするのは一つしかなかった。
「だったらさ、一緒に帰ろうよ」
次元が雨に濡れるほんの手前で腕を掴んで引っ張った。
「別に家までって訳じゃなくて、どこかのコンビニでも良いから……、この雨の中濡れて帰ったら風邪引くよ」
そうだ、コンビニで傘を買えば良いのだ。金銭的には問題ない。なくなるのは私のバイトの給料だけのだ。
提案したものの、次元からの返答はなく気まずくて俯いていると、次元から「変わったやつだな」と言われた。
変わっていても自分の所為で次元が風邪を引くというのには耐えられなかった。
「家、どこだ?」
「えっと……二駅先で近くにあるマンション……」
二駅だろうが三駅だろうがそこは関係ないのだけれど、学校から駅までの距離が凄く長い。
当然長さがあるので長時間雨に濡れる事になり、風邪を引く。電車に乗ると冷房がついてるので余計に。
「そんな遠くじゃ雨止むまで待ったところで、雨は止まねぇよ」
今日は。と言った。止みそうにもないので濡れて帰ろうかと思っていたけれど、もうちょっと待ってみようと思って、約一時間。教室に居たのである。
悔しいが次元の言うとおりだ。雨は止まない。
「ごもっともです」
「傘、差してくれ」
次元に言われて傘を差すと、次元が傘を持った。そしてそのまま行ってしまうという訳ではなく、「家まで送ってやっから傘忘れた時は俺に言いな」と言われた。
ボディーガードみたいだと思いつつも、「忘れたらね」と返答した。
傘の中に入ると一人で使うよりもスペースが少ないし、それに次元との距離も凄く近くなる。
前髪を下ろして後ろ髪は長く、邪魔なのか一つに束ねていた。そして背が高い。
傘の大きさはいたって普通だと思う。だから、私と次元がこうやって並んで歩くと、肩の端は濡れることになると思う。実際そうなのだが。
「ぬ、濡れてる! か、風邪引くって!」
どうしても濡れる事になるから、次元が濡れてくれたんだろうけれど、逆に胸が締め付けられてどうしようも出来ない。
次元は「気にすんな」なんて言ってるけれど、気にするなと言うほうが難しくて私は鞄から白いタオルを取り出して、次元の肩に不器用に置いた。
次元はそうとう驚いた顔をして「何、してんだ?」と尋ねてきたので、「こうした方が濡れるのまだマシかなって……」咄嗟に俯いた。
迷惑だったかな。そう思っていたら、次元が「ありがとよ」と礼を述べたの事に気が付いた。
どうして傘を貸してくれようとしたのかと後日尋ねると、「ルパンが『同じクラスだろ、貸してあげなさい! 次元ちゃん!』と言ってきたからよ」と返ってきた。
どこかでルパン三世と話しでもしていたのだろうか、私が教室に居た事はルパン三世には知られていたみたいだった。
次元と話すようになって少しずつ分かった事がある。
勝手に苦手意識を持っていたのだけれど、実際話してみると面白かったりする。声を掛ければ返事はしてくれるし、尋ねたら次元なりの答えが返ってくるので苦手意識はすぐになくなった。
次元から話しかけてくることはないに等しいのだけれど、ごくたまに「ペン貸してくれ」と言われる。
「次元! 聞いて聞いて! 今日の天気予報が土砂降りの雨らしいよ! こんな晴天なのに!」
朝、学校に来て一番にする事は教室に次元が居れば、次元に話し掛ける。次元が居ない時は何もせずに机に伏せるだけなのだけれど。
今日は居たので話しかける。朝見た、天気予報を伝えてみた。
「お前さんが傘持って来てたら雨は降らねぇな」
「それどういう事!?」
そんなくだらない内容を休み時間中喋っているのだった。
そして、やってきたルパン三世に「彼女なの!?」と尋ねられて、次元が「あぁ。つい最近出来たな」と冗談で返していた。
彼女ではない。けれど、いつかなりたいとは思っている事は、その時は知らせないでいた。
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