ブラック 2014-10-18 07:11:51 |
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【篠突く雨/KHR】
――あぁ、めんどくせぇ。
それが、今日1日で思った事だった。別に任務で忙しいとかそういう事ではない。ただ、偶然が偶然を呼んで彼には不運でしかなかったのだ。
バシャリ、地面を歩く度に濡れるブーツ。この国の降水量は普通だろう。四季があるのだから多い時もあれば、少ない時もある。今回は多い時なのか、そんな事、全く馴染みのない彼にとっては分かるはずもなく只々、歩くしか方法がない。
このまま戻っても良いのだろうが、戻れば後輩に何を言われるのか想像しただけでも面倒だ。それにいちいち対応している身にもなってほしいが、そんな事はうるせぇ、カス。の一言で終わるだろう。今はそれに対してとやかく言う気力すら感じない。出来れば戻りたくないというのが今、びしょ濡れで街を歩いている男の気持ちである。
元々自身の私用なので、いつ戻ろうが問題ないと信じたいところなのだがどちらかと言うと、気分屋のボスが自分が不在故に起こす物事を思うと、胃が痛くなる。
それにこんな姿で戻ったところで、後の掃除が面倒なだけだろうとさえ思えてきた。
雨は憂鬱になりやすい。何て誰も言った事も聞いたこともないが、ふと思った。ましてや雨の属性を持っている者が思う事ではないだろうが、今となっては知らない事だ。とこの男――スペルビ・スクアーロは鼻で笑った。
未だに降り注ぐ雨。一瞬自分で降らしているのだろうかと思わせるほどの雨。空の色なんて灰色で、ほとんどの物音が消えてしまっている。あるのは自身が放つ、足音のみ。
とりあえずは休みたいと思って気がつくと公園にやって来ていた。確かに休むのには問題ないだろう。屋根付きのベンチがあるのだから、そこで横にでもなっていればいつかは雨も止むだろうと考えていると、ふと、見覚えのある姿が目に映る。かつてリングを賭けた戦いで、自身を倒した男。
どうしてこんなところに居るのだろうとか、いつになったら剣の道に来るのだとか、くだらないことを無性に聞きたくなった。バシャリ、気配も足音も消していたはずが、さすがに水が跳ねる音までは消せなかったのだろう。男がこちらに気づいて振り向いた。そして「やっぱりアンタだったか」なんて、最初から気がついていた素振りで口を開く。
「う゛お゛ぉい。いつから気づいてたぁ? 刀小僧」
刀小僧と呼ばれた男――山本はいつもと変わらない笑みを浮かべ、暫し考える仕草をしてから「んー。大体あの辺あたりから」と、入り口付近を指差す。スクアーロにしてみればどこだと言いたくなるが、あの辺と言う言い方からしてそう遠くないのだろうと勝手に決め付けた。
「ところでおめぇ何してんだぁ」
ドサリと山本の隣に腰をスクアーロは下ろした。その所為で男に数滴雨水が飛ぶが、山本はそんな事気にすることなくスクアーロの問いに「野球の特訓で走ってたんだ。その最中に雨降ってきたから、こうやって雨宿りしてる」そういうスクアーロは? と山本は尋ねた。スクアーロは答える意味があるのだろうかと思ったが、ここで立ち上がってアジトに戻るよりかは幾分マシかと考え「買いモンだぁ」と答える。
「スクアーロが買い物って想像できねーのな」
普段の職業から考えて、スクアーロは買い物をするような人物ではない気が山本にはした。特に意味があったわけでもなく只、リング戦や未来での戦いや代理戦争ぐらいしか知らないので、純粋に思ったことを口にした。
「そうかぁ。しねぇってワケじゃねぇ」
よく大声で喋っているのは知っているが、こう静かに喋っている事はほぼない気がする。そう山本は思う。実際二人きりで話した事がないからそう思うだけなのかもしれない。スクアーロは脚を組み、上にある膝に肘をついて頬杖をつく。どこか遠くを眺めているような、そんな表情で「ここでしか買えねぇモンとか買ってるだけだぁ」と付け足した。
どんなものだろうと思うが、多分勝手な想像だが職業関係だろうと思いあえて聞かなかった。その代わり。
「雨止むまで俺ん家で寿司食ってかねぇ?」
なんて提案した。傘なんて持ってないが、当分は止みそうにない雨だ。ここでぐだぐだ喋ってても良いが、そうするとスクアーロが風邪でも引いてしまいそうな気がしたのだ。当然スクアーロが否定すれば何の意味も持たない提案だ。
「……こんなに濡れてる奴誘うバカが居るかぁ」
スクアーロは山本を一瞬見ては視線を元に戻す。呆れて溜息を吐いては上記を述べるが小さく「ま、悪かねぇな」と呟いた。
「じゃ決まりだな! わりぃけど俺も傘ねぇからまた濡れるのな」
後でタオル貸すからちょっと我慢してくれ。と付け足して山本は立ち上がった。その姿を横目で捉えてスクアーロも立ち上がる。頭の後ろで手を組みながら歩いていく山本の後を追って、屋根付きベンチから再び冷たい雨に打たれた。
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