ブラック 2014-10-18 07:11:51 |
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雨宿り(雨→陽炎)
守りたいと思ったから、だからおいらはこのままで居る。おいらが「男」で居れば、アイツは「女」で居ることができる。それなら、おいらが「男」であろうが構いやしない。
「そんなところで何をしているの?」
雨。文字通り、空から降る冷たい雨の中、おいらは傘を持たずに外に出たため、急な雨に対応が出来ず、公園の屋根付きベンチに腰掛けていると、和傘を差して陽炎はおいらに微笑む。数多の戦の地に立ったような、そんな感じが陽炎からする。
「何って、見たとおり雨宿りに決まってんだろ」
杯を持つような仕草で陽炎の問いに答える。笑顔は作れているだろうか。普段通りのおいらで居られているだろうか。ここ最近、そんな事ばかりを思ってしまう。その所為で鳳月に心配をかけたこともあったような、なかったような……。
「雨宿りにしては随分味気ないものね」
「そーだな、せめて酒でもあればなぁ」
「あら、貴女飲めたかしら?」
「……一応、それなりに」
今、おいらのことを「女」として扱ったような気がしたが、気にしない方が良いのだろう。
「陽炎ってさ」
不意に口から出た言葉。聞きたくて、でも怖くて聞けない言葉。だからこれ以上喋ってほしくない。なのに、一度開いたら止まる事を知らないのか、ぽつりぽつりと言葉を紡いでいく。
「対がいねぇのに、何で……」
「平気そうなのか、そんなところ?」
「お、おう」
そうねぇ……。陽炎は暫らく考えるような素振りを見せてから和傘を畳み、おいらの横に腰掛けた。肩と肩が触れ合うぐらいの距離。どう考えても近すぎるだろうという距離。
「寂しくないって言えば嘘になるけど……」
「けど?」
「今は私を一生懸命に守ってくれる『殿方』が居てくれるから平気」
「……へ、へー」
一瞬おいらの事かな、何て思ったけどおいらは陽炎を守った記憶もないし、第一「殿方」じゃない。おいらがしているのはただの「ごっこ遊び」にしか過ぎない。どれだけ男らしく振舞おうと、おいらの性別は「女」であることには変わりない。だから、陽炎がいう「殿方」が誰なのか気になってしまう。鶴か、鳳……はたまた時雨、藍鉄……。一体、誰なのだろうかという疑問と同時に浮かび上がるのは嫉妬心だ。
「馬鹿ね、貴女顔に出すぎ。勿論、貴方の事よ」
耳元で陽炎の声がする。何を言われたのか、未だに理解できないがおいらが聞いた言葉は間違いじゃないだろうか。間違いじゃなければ良いのに。
「――雨」
名前を呼ばれたので陽炎の方に振り向くと、陽炎は空を見上げ「止んだみたい」と口に出す。あ、そっちかと滅多に名前を陽炎から呼ばれないので、期待したおいらが馬鹿みたいだと思い、「そ、そうだな! じゃ、雨も止んだし雨宿りも終りだな!」と不自然に立ってしまう。気楽に、いつも通りに振舞おうとしていると、また「雨」と呼ばれる。今度は名前を呼ばれたのだろう。陽炎を見つめていると屈めと言うので言うとおりに屈む。
「折角雨も上がったんだから、雨上がりのキス、しましょう。雨殿」
耳元で囁かれた言葉。顔が次第に熱くなり、恥ずかしくなる。言葉に詰まっていると陽炎の両手がおいらの頬を包んで「殿方からキスをされてみたいの」何て言ってくる。そんな事言われたら、するしかないじゃないか。恥ずかしいけれど、要望に応えようと試みた慣れないキスだった。そんなキスでも陽炎は満足したようで「ありがとう」と微笑み、和傘を持って公園を後にした。
「柔らけぇ……」
そっとおいらの唇を触ってみた。まだ熱は残っている。陽炎が喜ぶなら、おいらは一生「男」であり続ける。
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