キョウシロウ 2014-08-14 21:53:29 |
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《約束》
遊郭からの帰り道、キョウシロウは林の奥へと歩を進めていた。林の奥には土の上に木の枝をクロスさせて紐で結んだ物を突き刺していただけだったのは、昔のお話。
「ケンジ、お前はこれが好きだったよな。」
今はちゃんと石で作られた立派な墓がそこにあった。彼が金をある程度貯めて、数年前に建てたものである。墓前にチョコレートを置き胡座をかいて座る。隣へと置かれた真新しい花を一瞥する。
「そっか…あいつも…。にしてもあれだな、お前はデカくなってたら、酒や煙草が好きになってたと思うぜ。一口吸ってみろよ。」
口に煙管を咥えて着火し煙を吹かす。それを墓前へと置き笑いかける。墓前へと置いた煙管の煙が、一瞬だけ強い風に吹かれて勢い良く空へと消えて行く。
最後に彼が好きだった飲み物、酒の代わりにオレンジジュースを墓へと注ぐようにかけて立ち上がる。
「さて、俺はそろそろ行くぜ。嫉妬して化けて出てくんなよ?」
大きな袋を担ぎ直して背を向けて片手を振りながらその場を去る。
「さて…行くか。」
夜遅く、家と呼ぶには広過ぎる屋敷という形容が似合う建物の門を見上げる。建物の電気は消えて、住民は寝てるようである。門を見上げると背中の荷物を担ぎ直しては、地面を蹴って駆け出す。壁を走って跳躍すると敷地内へと侵入を果たす。
相変わらず、こんなに簡単に侵入出来るようじゃ考え物だな、と内心苦笑いをもらす。そこから敷地内を回る警備の目を掻い潜り、屋敷の側面へと到着する。彼のいつもの潜入経路、そこから木へと登り三階の窓にガムテープを貼り、鞘で叩いて音を押さえて割り中へと侵入。
テーブルの上に背負っていた金貨の袋を置く。そのまま帰ろうとした所で。
「キョウ…?」
扉がガラリと開く。キョウシロウが侵入した所はキッチンで、扉の奥は階段の筈だった。階段の踊り場に布団を敷きそこに寝ていたようで、腰まである長い髪の毛をサイドテールにした女性がそこにはいた。眠たそうな目を擦り立ち上がり声をかけてくる。キョウシロウは直ぐに逃げようとするも女性はバランスを崩して背中から階段に落下してしまうだろう。
「行かないで…あ…」
「ちっ…バカ!」
彼は咄嗟に床を蹴り片手を腰へと伸ばして引き寄せる。そして胸元で笑顔で笑う女性を見下ろす。
「怖かった…ふふ、ありがとう、キョウ。今はキョウシロウなんだっけ?」
「キョウでいい。何でこんな所に寝てんだよ、サユリ。」
腰から手を離して一歩引きサユリから離れる。
「何でって一つしかないじゃない。半年に一度くらいに、この孤児院に寄付してくれる、名前も顔も知らない足長おじさんを捕まえて、物申す為だよ。久し振り、キョウ。」
サユリは現在この孤児院に勤めていた。勤めて5年になるが、一昨年この孤児院の院長が亡くなり、代わりに院長に就任したのである。もっともこの孤児院は働く職員も少なく、設備の割には次々と孤児が入って来て、経営不振に陥っていたのだ。
「久し振り。ククッ…さて知らねえな、俺は偶々この家に泥棒に入っただけだ。髭面の足長おじさんとやらはさっきすれ違ったぜ。」
「またまたぁー…。危ない事やってるんだって…?心配よ。それに何で、今まで顔見せてくれなかったの?」
吉岡狂四郎の名前は悪名高い。剣客の賞金稼ぎとして、狙った獲物は逃さない孤高の人斬り。また、金稼ぎの為に幾つもの裏の仕事に流通しているらしいと。
「…はんっ、俺は利用出来る人間としか会わねえ。無駄な事は避けてるだけだ。」
鼻で笑って、吐き捨てるように言いながらテーブルに腰掛けて煙管の煙を吹かす。本当は合わせる顔がない。子供の頃、彼女と一緒にいたいい子なキョウはもういないのだ。今は金の為に何でもやる、普通の人とは生きる世界が違う、血に塗れた人斬り。こんな自分が、立派に胸を張って生きる彼女を邪魔してはならない。他人でいなければいないのだ。
「クククッ…お前が知ってるキョウはもういねえよ。ここにいるのは、悪名高い吉岡狂四郎さんだ。もうお前に会う事もねえから…」
「嘘!知ってる、人斬りだって事も悪い事をしてるって事も!でも、キョウはあの頃のまま、優しいままだよ。弱い人や普通の人、女の人や子供には手を出さないし、いくら悪ぶっても変わらないよ。」
相手へと煙を吹きかけたあとに煙管をとんとん叩くが、それを遮ってサユリがキョウの腕を掴み見上げて来て真っ直ぐの瞳で見つめてくる。
「言ってろ。ケンジとの約束だ、お前を守る奴が見つかるまで、俺は自由にはなれねえんだよ、早く身を固めろよ…」
「頼んでない。別に守ってくれなんて言ってないよ。」
キョウははぁ、とため息をついて頭をかく。むすっとしたサユリの表情は真剣だ。
「私が待ってるのはただ一人だけ。ずっと、待ってるから…」
胸に両手を重ねて置き目を瞑り心が籠った言葉を紡ぐ。
「そうか…、俺は好きな女がいるんだよ。」
ふーんと頷くと不意に好意を寄せている女性がいると言うキョウにサユリは明らかに動揺して身体を震わせて問う。
「嘘…!?誰…?」
「この国のお姫様。」
ぶっきらぼうに答えるキョウシロウ、ホッとした表情を浮かべるサユリ。
「何ホッとしてんだよ。マジだからな、俺は行く…ガキどもの相手してねえで、さっさと結婚しろよ。行き遅れてもしらねえからな。」
眉を寄せるキョウ、最後に軽口を叩くと侵入してきた窓から飛び降りる。こちらへと駆けて来ようとする彼女の気配を感じながら屋敷を後にするのであった。
「行き遅れても…私はずっと待ってるからね、キョウ…。」
屋敷から去って行く彼の後ろ姿を見送り表情を緩めて、彼の姿が見えなくなっても見送り続けた。
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