青葉 2013-10-19 22:21:19 |
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老人は独り言の様に悔しさを込めて言った。
よほど大事な用があったのだろう。
しかし、怪我をしている。行くのは無理だろう。
僕は上着を脱いで、丸めて地面に敷いた。
「さあ、これを枕がわりにして横になって下さい。」
老人は、膝をついてアスファルトに座っている。
横になった方が良いと思った。
「いや、いい。君の服が汚れてしまう。」
老人の額から出でる血液は、老人のグレーの上着と白いシャツを容赦なく赤く染めている。その範囲は今も広がっている。
「そんなこと気にしないで。さあ、横になって下さい。」
そう言ったが、老人は聞き入れず、体勢を変えようとはしなかった。
何度か勧めたが、結果は変わらなかった。
救急車が来るまで、このままの姿勢でいて貰うしかないようだ。
諦めて立ち上がると、
「ありがとう。世話になった。本当にありがとう。」
老人は見上げながらお礼を言った。
僕が立ち去ると勘違いしたようだ。
「救急車が来るまでいます。サイレンか近づいてきたら、ここに誘導しますから。」
そう言うと、次の瞬間に老人は僕の靴に手を置き、そして強く握りしめた。
「君は誠実で信頼できるようだ。そんな君に頼みがある。」
老人は思い詰めた表情をしている。その顔は迫力がある。
「……どんなことですか?」
気圧されながら訊いた。
「これから、ある人に会ってきてもらいたい。」
目線を合わせるため、再び僕は座り込む。
「それは誰です?」
老人は上着の内ポケットに手を入れると、古びた封筒を出した。元は白かったようだが薄汚れていて、何とも表現の難しい色をしていた。
「会ってきて欲しいのは、この手紙の差出人なんだが……」
老人が間をおいたので、僕は口を開く。
「随分と前に受け取った手紙の様ですね。」
「いや、受け取ったのは数日前だ。」
老人はそう答えた。
しかし、どう見ても古そうな封筒だった。送らてきたのもかなり前のはずだ。
僕は怪訝な顔つきをしていたのだろう。
老人は、僕の表情から気持ちを察したようで、
「確かに、この封筒は古いものだ。差出人が手紙を書いたのも随分と前のことだろう。しかし、届いたのは数日前なんだ。」
と言った。
「そんなこと、あるんですか?」
口に出してから後悔する。
疑うようなことなど言うもんじゃない。
「ある。……君は、真夜中の郵便配達人の存在を知らないか?」
「真夜中の郵便配達人、ですか?」
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