目的ない潜考

目的ない潜考

青葉  2013-10-19 22:21:19 
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忘れないうちに、短い話を。

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  • No.40 by 青葉  2014-11-26 19:34:37 

早野君は頭を上げて、済まなそうな表情をした。
「じゃあ、何で飛び降りたのよ?」
初穂が訊く。
それは僕も知りたいことだ。
「だから、さっきも言ったけど意図して飛び降りたんじゃないよ。僕は落ちたんだ。あれは転落事故なんだよ。あの日、掛井君のお母さんから電話かあった後、 掛井君が来るのを今か今かと待っていたんだ。僕の為に悪者になってくれた掛井君に5日ぶりに会えるのが嬉しくて、少しでも早く掛井君の姿が見たくなって僕は自分の部屋からベランダに出た。少しすると掛井君が自転車に乗ってマンションに向かって来るのが見えたよ。僕は手を振りながら掛井君を大声で呼んだ。でも、掛井君には聞こえなかった。まだ僕の声が届く距離ではなかったんだね。ただでさえ家は10階なんだし、高いところにいた僕には聞こえない街のザワつきだってあるもんね。でも、僕はベランダの柵から身を乗り出して、もう一度掛井君に呼び掛けようとしたんだ。そしたら……身を乗り出し過ぎた……。そして、掛井君は見てしまった。僕が落ちていくのを。」
「………。」
僕はまた何を言うべきか悩む。結局は無言になる。
早野君も僕の言葉を待ってるのか、何も言わない。
だから必然的に初穂が口を開くことになる。
「そう……。早野君は掛井君を恨んで命を絶ったんじゃないのね。分かったわ。それに、掛井君が授業中に早野君に瓶に入っていた水をかけたのも、早野君の失禁を隠そうとしてのことなのね。……それも分かったわ。」
初穂は僕を再び君付けして呼び始めていた。
「不幸なことだったのね。掛井君の記憶がしっかりしていれば、こんなことにならなかったのにね。でも、病気だったんだから、しょうがないけど。とにかく掛井君は悪くないわね。……うん。早野君、あたしは分かったよ。掛井君は悪くない。早野君が言いたいこと分かった。」
初穂が神妙な顔つきで言うと、
「それは良かったよ。」
と、対照的に淡々と早野君は言った。
「でもさ、早野君。当時、皆が誤解したのは仕方ないわ。タイミングから考えて掛井君が悪いと思うもの。早野君は、掛井君に水をかけられた後に、掛井君が見ているところで飛び降りることになったんだから。」
初穂は諭すような口調になっていた。僕に非がないと思ったようだが、早野君が僕のせいで命を絶った、と皆が考えたのは無理ないことだ、と言っている。内容はその通りだと思うが、初穂の言い様が鼻についた。何故なら、上からものを言っている様に思えたからだ。
「あたしね、早野君が何であたしに怒っているのか分からなかったけど、話を聞いた今は、大体分かったよ。早野君が怒っているのは、早野君が亡くなった後の、あたしの掛井君への対応でしょう。あの頃、罪のない掛井君を、あたしは責めた。真実を知れば確かに酷いよね。掛井君は悪くなかったんだから。」
初穂の言葉を聞いて、僕は気付く。初穂の言い様が鼻についたのは、初穂が自分を取り戻したからだということを。初穂は、この世の者ではない早野君から、何故か分からない怒りを買っていることに萎縮していたのだ。相手は幽霊なのだから無理もない。だが、早野君の怒りの理由を知り、どう対処すれば良いのか算段がついたのだろう。初穂は昔から、上からものを言う喋り方をしていた。この喋り方は僕は小学生の頃から鼻についた。が、他の人はそう気にしていない様だった。初穂はクラスで中心になるほど人望が有ったのがその証拠だ。僕は初穂とは相性が悪かったから、そう思うだけだったのだろう。初穂は面倒見のいいところがあるのは僕も認めるところだ。
「そうだね。初穂ちゃんの掛井君への仕打ちは酷いよ。掛井君があの街に居られなくなるくらいに追い込んだから。まあ、それについては、確かに初穂ちゃんが一番掛井君を攻撃したとはいえ、他の人達も一緒になって掛井君を非難したみたいだけどね。」
早野君は初穂を責める。しかし、初穂は変わらず諭すように早野君に言う。
「そうね。 でも、仕方ないと思わない?あたしも他の人も掛井君を悪者だと思ってしまったのは。当の掛井君だってそう思っていたんだし。真実を知っていた早野君はもういなかったんだから。もちろん、例え掛井君が本当に悪者だとしても、あたしが責める権利があったのかは分からないわ。けど、まだ当時あたしは小学生だったから、悪い奴を責めることが正しいことだと思ってしまってたのよ。だから、掛井君に謝るわ。あたしの勘違いで掛井君に苦痛を与えたことを。だから早野君、許して。あたしは掛井君を責めた急先鋒だったから兎も角、あたし以外の、掛井君を攻撃した人達はせめて許してあげて。」
そう言うと直ぐに、初穂は僕に頭を深々と下げた。
「ごめんね、掛井君。あたしが悪かったわ。本当にごめんなさい。」
僕は初穂の謝罪を受け入れて頷く。謝罪を受け入れない理由はない。確かに僕は初穂に責められて辛い思いをした。でも、それは仕方がないことだった。初穂が言ったように僕自身さえ、僕に罪があると思っていたのだから。しかし、真実は違った。早野君は僕のせいで命を絶ったわけではなかった。そして、それを認めてくれる人がいる。それが初穂だ。そんな人がいるというのは、僕にとって大きな嬉しい変化だ。早野君が僕だけではなく、初穂を巻き込んだのは、僕の理解者を作るための計算が有ったのかもしれない。そんなふうにも考えられる。だとすれば、早野君は初穂のことを買っていたということだろう。

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