目的ない潜考

目的ない潜考

青葉  2013-10-19 22:21:19 
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忘れないうちに、短い話を。

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  • No.39 by 青葉  2014-11-19 20:09:38 

早野君はトイレに行きたかった。
と、
僕が水を掛けた。
これを繋ぎ合わせようと考えようとしたが、早野君は直ぐに喋り出す。
「僕は四時間目が始まってから程なくして、とうとう我慢出来ずに自分の席に座りながらオシッコを漏らしてしまったんだ。恐れていた事態になって、目の前が真っ暗になったよ。」
早野君は僕に視線を向けて、僅かに笑った。笑ってはいたが楽しそうな顔ではない。自嘲だ。
「失禁を……」
何かを言わなければいけないと思ったが、そこまでで止まってしまう。何を言うべきか解らない。
「そうだよ。失禁したんだ。5年生にもなってね。」
少し間を空けてから、
「仕方ないよ。女子達に邪魔されて朝からトイレに行けなかったんだから。」
と、僕は言った。間が必要だったのは、自嘲する早野君にどんな言葉を掛けるべきか選んでいたからだ。傷つけないように。
「あまね。でも、僕は絶望したんだ。だって、いくら女子達のせいと主張したところで、きっと当の女子達からだって、それまで以上にそれをネタに馬鹿にされるだろうし、男子にもからかわれる未来が想像できたからね。教室でオシッコを漏らすということは、そういうことだと思わない?もう、恥ずかしくて、どうすれば良いのか解らなくなった。どうにか誰にも気付かれない方法はないかと考えたけど、濡れたズボンと足元に溜まった自分のオシッコは隠せない。いずれバレてしまう。そう思って僕は途方にくれた。でも、そこで思いがけなく救世主があらわれたんだ。それが掛井君、君だよ。」
早野君は、僕を真っ直ぐに見て、そう言った。僕に大事なことを伝えようとしているのだろう。 自嘲の表情ほ消え失せ、真剣な眼差しになっている。
早野君は続ける。
「最初に気づいたのが掛井君だったのは、僕にとってこの上ない幸運なことだった。おそらく、掛井君は具合が悪くて下を向き続けていたから、直ぐに僕の失禁に気づいたのだと思う。そして掛井君は、ためらいなく僕を助ける為に行動を起こした。他の誰かが気づく前にと思ったんだろうね。辛いのに体を動かしてくれた。」
早野君の話を聞いて、僕は記憶を辿る。早野君の言う通り、あの日は朝から具合が悪くて辛かった。それは覚えている。でも、それ以上のことは覚えていない。とにかく辛かった覚えだけで、早野君を助けようとした記憶は全くない。でも、僕がマリモの瓶の水を早野君にかけたのは確かだ。クラスの皆が目撃をしている。
「掛井君は派手な音をたてて立ち上がったよ。後ろの机にイスをぶつけてね。その音で皆の注目が掛井君に集まった。具合が悪い掛井君には、立ち上がるのに勢いが必要だったのかもしれない。そして、フラフラと教室の後ろへ向かって歩き、マリモの瓶を手に取った。教室の中は静まり返っていたと思う。皆が掛井君に注目していて、僕の失禁など誰も気づくことはなかったよ。掛井君は瓶を持って自分の席を通過して、僕に横に立つと素早くマリモの瓶の水を僕に掛けた。そうすることで僕の失禁に形跡を消した。そして、瓶を僕の机に置くと、またフラフラと無言で歩いて教室を出ていた。そのまま保健室に行ったんだったよね。そして僕は救われた……。水を掛けたら直後は、僕にも何が起きたのか判らなかった。突然のことで僕も呆気に取られていたんだ。でもね、掛井君が助けてくれたことに気づくと、凄く嬉しかった。だって、掛井君は自分を悪者にしてまで僕を救ってくれたのだから。初穂ちゃんの言う通り僕は泣いたよ。でも、掛井君に酷い目に遭わされたから哀しくなって泣いたんじゃない。掛井君の優しい気持ちが僕に向けられていることが、涙が出るほどに嬉しかったからなんだよ。」
早野君は、僕に向けた目線を外さない。
「だからね、僕が掛井君のせいでマンションから飛び降りたなんてことはあり得ないんだ。」
早野君は力を込めて、そう僕に言た。
すると、
「掛井は、熱でわけが解らなくなって、早野君に水を掛けただけじゃない。別に助ける気なんてなくて。」
と、初穂が横槍を入れる。僕には善の心などない、という言い方だ。だが、僕にもその善の心がした行為を覚えていない。初穂の言う通り、僕は朦朧として早野君に水をかけただけなのかもしれない。
だが早野君は、初穂に辛辣な言葉を投げる。
「本気で言っているの初穂ちゃん?そんなに僕に好都合な偶然があると真剣に思うの?馬鹿だね。僕が失禁した直後、丁度よく掛井君の症状が重くなって、わけが解らなくなり、僕の失禁に気づいてもいないけど僕に何故か水を掛けに来た。それで結果的に僕を救うことになった。ということ?無理があるよね。あれは考える迄もなく掛井君の意思だよ。本気でないのなら、そういった人の気持ちを素直に言葉に出来ないなんて、初穂ちゃんは嫌な大人になったもんだね。それに、大人になった割には思考も稚拙だよ。」
早野君の言葉が初穂には癪に触ったようで、
「小学生のくせに生意気なことを言うわね。」
と負け惜しみの言葉を吐いた。
「僕は小学生じゃないよ。亡者だよ。」
早野君は首を動かして初穂の方を向いてそう答えると、直ぐに僕の方に向き直り、
「もう一度言うよ。僕は、掛井君のせいでマンションから飛び降りたわけじゃない。掛井君に感謝することはあっても恨みなんてないんだから。だから、復讐なんて考えもしなかった。何せ、掛井君が僕に水を掛けたのは悪意からじゃない。僕を守るためだったんだからね。」
僕が思ってきた過去とはまるで異なる話を早野君はしている。その話が本当ならば、僕は何の為に今まで自分を責め続けながら生きてきたのだろうか。
「僕はね、このことを言いたくて、掛井君に会いに来たんだよ。そして、それについて謝罪をしにきたんだ。」
早野君はそう言うと、言葉通りに、
「掛井君、ごめんなさい。僕が卑怯者だったせいで掛井君を長く苦しませてしまった。本当に、本当に、ごめんなさい。」
と、僕に向けて深々と頭を下げた。そして頭を上げようとはしなかった。
それを見て、僕は少なからず狼狽える。そして、
「早野君か卑怯者?」
そんな言葉が口から出ていた。
「そう。僕は卑怯者だよ。本当にごめんなさい。」
これまでずっと、心の中で謝罪をしてきた早野君から、逆に謝罪を受けている。僕は何とも不思議な気持ちになった。
「頭を上げてよ。それから僕は早野君を卑怯者だなんて思わないよ。」
そう。僕は早野君をそんなふうには思えなかった。
早野君は首を横に振る。
「 僕が、授業中に失禁し、それを掛井君が隠そうとして水を掛けてくれた。僕の失禁を隠すには、掛井君が悪者になるしかなかった。それを僕が早く誰か言えば良かったんだ。そうすれば、こんなことにならなかったんだよ。僕は自分の恥を晒す勇気がなかった。言うチャンスはいくらでもあったのにだよ。クラスの皆や先生には言えなくても、掛井君のお母さんから電話をもらった時に言えばよかった。5日間もあったんだから、自分のお母さんは話してもよかった。でも、僕は掛井君に会ってからにしようと、問題を先送りにした。それは僕の弱さだね。掛井君の名誉を早く回復させるべきだったんだ。僕はバチが当たったんだよ。だからあんな事故を起こしてしまったんだと思う。でも、それによって掛井君は長いこと苦しむことになった。僕の罪は重いね。 掛井君が自分を悪者にして僕を守ろうとしたのに対して、僕はあまりにも卑怯者だよ。」

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