目的ない潜考

目的ない潜考

青葉  2013-10-19 22:21:19 
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忘れないうちに、短い話を。

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  • No.28 by 青葉   2014-01-29 20:35:26 

「何故そんなことを?」
そう僕が言うと同時に初穂が大声を出す。
「ねえ!翔太!何言ってんだか解らない!それに、本当に付き合ってるわけじゃないってどういうことなの!答えて!こっち向いて!」
早野君は首を捻り初穂を見る。
「こう騒がれると掛井君と話せないな。」
冷たい目だった。
「翔太?」
「仕方ない、初穂ちゃんの記憶を戻そう。戻すと騒がしくなると思って、まだ記憶を戻す時じゃないと思ってたけど十分に騒がしい。」
早野君はそう言うだけだった。他に何をしたわけではない。しかし、初穂は突然苦悶の表情をし、
「ううっ。」
と、うめき声を出し両手で頭を抱えて前のめりの姿勢になった。
「ごめんね、掛井君。初穂ちゃんの記憶はすぐに戻る。それによって、僕と付き合っている事実なんてないことに気付き、僕が死んでいることを思いだす。」
初穂が苦しそうにしているのをよそに早野君は僕に話しかける。
「何を謝っているの?」
「掛井君を待たせてしまうことを、だよ。初穂ちゃんは混乱してさらに騒ぐと思う。それをおさえるまで待っててね。でも、今のままよりその方が早いと思うんだ。」
「それより、何だか初穂は辛そうだけど大丈夫なの?」
「心配することないよ。だいたい掛井君は初穂ちゃんがどうなろうと心配することなんてないんだ。」
早野君がそう言って暫くすると、初穂はガバッと顔をあげた。顔に苦悶はなかったが、口をパックリ開けて驚いたような表情をしている。
「何これ?何なの……。」
初穂は早野君を見る。
「記憶が戻ったんだよ。僕の言ったこと納得できたでしょう。付き合ってなんかいないんだ。」
そう早野君が言い終わる前に初穂がわめく。
「あんた死んだはずでしょう!?何で生きてんのよ!おかしいじゃない!何これ!」
早野君が言った通り初穂は混乱した。
「大丈夫だよ、初穂ちゃん。ちゃんと僕は死んでるよ。」
「あんた誰よ!早野君じゃないでしょ!誰よ!」
「記憶だけでなく、視覚も返してあげる。これで初穂ちゃんは全て元通りだよ。」
騒ぐ初穂と対照的に早野君は冷静に言葉を発した。すると初穂の目線が頭一つぶん下がり、早野君の顔を見ている。
そして直後に初穂の悲鳴が響いた。
初穂にとっては突然に小学生の早野君が現れたのだろう。
「初穂ちゃん、近所に迷惑だよ。」
初穂は立ち上がり、
「ちょっと、本当に何これ!?」
そう言いながら、後退りする。一歩二歩と、早野君を見据えながら後退する。
「これが本当の姿だよ。僕は小学生から成長してないからね。まあ、死んでいるのに本当の姿も何もないけど。」
初穂は恐怖している。
「幽霊……」
青ざめながら初穂が呟く。
「そういうことだね。」
初穂はまた一歩さがる。
「何しにここに来たのよ?あんたが死んだのは、こいつのせいでしょう!ここに来る必要ないじゃない!こいつにとり憑けばいいじゃない!」
初穂は僕を指差しながら震えた声で怒鳴った。
「違うよ。掛井君は悪くない。僕が死んだのは事故だよ。誰も悪くない。」
「なら、あたしも悪くないんでしょう!何でここにいるのよ!成仏しなさいよ!」
「僕が死んだことについては、そうだね。初穂ちゃんは悪くないのかもしれない。落ちる気なんてなかったのに落ちてしまった僕が一番悪い。」
「じゃあ、さっさといなくなって!」
「僕が死んだことは、僕のミスだよ。だけど初穂ちゃん、初穂ちゃんは僕に何か言うことはないの。掛井君に言うことは?」
早野君は冷静に言う。が、何だか凄みを感じた。
「あるわよ!早くどっか行って!ここから、こいつを連れて出ていって!あたしの家よ、ここは!二人して出ていけ!」
初穂は再び僕を指差しながら金切り声をだした。
「その言葉で僕は吹っ切れたよ。初穂ちゃんへ心をかける必要はもう何処にもない。でも、僕はそんな初穂ちゃんの言葉を待っていたのかもしれない。これで僕は掛井君のことだけを考えればいい。」
「ならば二人で話してよ!ここから出って何処かで二人で仲良くしなさいよ!」
初穂は怒鳴り散らしているが、青い顔をして怖がっている。
「初穂ちゃん、座りなよ。そして僕の話を聞いて。」
「出ていけ!」
「初穂ちゃん、話を聞いてくれるまで僕は出て行かないよ。座りなよ。」
早野君はソファーを叩いて初穂を促す。
「もう嫌!誰か助けて!」
初穂はそう叫ぶと、くるりと反転して早足で玄関の方へ逃げ出した。初穂を僕は目で追うが、あっという間に部屋から出て玄関の方に消えていった。と思ったが、初穂はすぐに部屋に戻ってくる。僕に後ろ姿を見せ、後退りしながら。
玄関から後ろ向きで戻ってくる初穂の足取りは頼りないもので、震えているのが分かる。
「初穂ちゃん、話を聞いてよ。さあ、ソファーに座って。」
突然、玄関の方から早野君の声が聞こえた。
僕は初穂から目を離して正面を見るとソファーにいたはずの早野君がいなかった。
そして後退りする初穂を再び見ると、初穂の正面には早野君が憤怒の表情で、初穂を追いたてながら部屋に入ってきた。早野君はどういう方法かは解らないが先回りして初穂の進行を妨げたようだ。
早野君の怒った顔は、見れば誰もが戦慄するだろうと思えるほどの怖さがあった。将にこの世のものではない。
初穂は元いた場所まで後ろ歩きで移動すると、ペタリとソファーに腰をおろした。
「初穂ちゃん。次また逃げ出したら僕は自分を抑えることができるか判らないよ。それから大きな声も出してほしくない。大人しく黙って僕の話を聴いてよ。僕を怒らせないほうが初穂ちゃん自身のためになる。」
早野君は初穂の横に立ち、憤怒の表情を崩さず、低い声を出して初穂を脅した。
「お願い掛井君、助けて……」
初穂はすがるような目で僕を見た。
「掛井君のことを、こいつ呼ばわりしておきながら都合のいい時だけ頼るな!僕の話を黙って聴けと言ってるだろう!一生とり憑くぞ!」
早野君が激昂した。今まで怒ってはいても抑制していたようだが初めて大声を出した。それでも早野君の気持ちは収まらないようで、初穂の正面に立って初穂を見下ろしながら言葉を追加する。
「別にお前がどうなったって僕は知ったことじゃない。何なら僕と同じ世界に来てもらってもいいんだ。」
初穂は目に涙を溜めながら早野君を見上げている。
初穂が恐怖しているのは明らかだったが、僕もまた尋常ではない怖さを感じている。早野君が幽霊であることに加えて、早野君の怒りに恐怖を感じている。
「早野君、初穂も僕も話を聴くよ。だから座ってよ。初穂、そうだろう?」
僕がそう言うと、初穂は早野君を見ながら何度も頷く。恐怖のあまり早野君から目をそらすことができないでいるようだ。
早野君は背中越しに僕を見て言う。
「そう掛井君が言うなら。」
早野君はフワリと初穂の隣に座った。
僕の方を向いた早野君の顔は無表情だった。表情から怒りが消えていて僕は少し安堵した。
初穂は早野君に横に座られて震えている。
「さて、さっきの掛井君の質問だけど。何で僕が初穂ちゃんの記憶を書き換えたかはね、掛井君に会うためだよ。幽霊は恨みのある者にとり憑いてしまうんだ。思い入れは掛井君の方に強くあったけど、恨みは初穂ちゃんにある。僕がこの世に戻ってくるには初穂ちゃんにとり憑くしかなかったんだ。でも会いたいのは掛井君だった。だから僕は考えたんだ。初穂ちゃんの記憶を成長した僕と付き合ってることにして、僕は掛井君に会いたいことを強く訴えた。初穂ちゃんが掛井君に会った時に、ここに連れて来てくれるようにね。僕は、初穂ちゃんに空いた時間があればいろんな理由をつけて出掛けさせた。行き先は掛井君の生活範囲だよ。主に自宅や学校の周辺だね。思ったよりも早く初穂ちゃんは掛井君を連れて来てくれたよ。」
「僕に会うために……。」
僕は早野君に恐怖を感じているが反感も生まれた。僕に会うために初穂の記憶を操作したと言うが、それではあまりにも初穂が不憫だ。早野君は初穂を恨んでいるようだが、初穂は早野君がクラスの女子に嫌がらせを受けている時、目についた時は庇っていた。そんな初穂にその仕打ちはないと思う。
「そうだよ、掛井君に会うためだよ。もっと早く掛井君をここに連れてくる方法もあっただろうけど、僕は敢えてこの方法を選んだんだ。」
僕に生じた嫌悪感をよそに早野君は淡々と話す。
「初穂ちゃんは楽しそうに毎日を送っていた。それが赦せなかったんだ。だって、一方で掛井君は自分を責め続けて味気ない人生を送っているんだから。掛井君がそうなってしまったのは僕が死んでしまったせいだけど、本来は掛井君が楽しそうにして初穂ちゃんが自分を責めているのが自然なんだ。」
そうだろうか?僕は早野君にマリモの瓶の水をかけるという、とんでもないことをした。それに比べて初穂は早野君を庇い続けていた。僕の方が悪いはずだ。
早野君は続ける。
「僕は掛井君の誤解をといて、掛井君が僕にとらわれることなく生きていって欲しいと思っている。それが僕がこの世に戻ってきた一番の理由だよ。だけど、初穂ちゃんの今を見て、初穂ちゃんへの復讐もしたくなったんだ。だから、会いたかった掛井君にではなく初穂ちゃんのもとに現れた自分の状況は好都合だと思うようになった。何故らな初穂ちゃんに復讐しながら掛井君の誤解をとくという一石二鳥を狙えるからね。本来は初穂ちゃんへの恨みを晴らすことはあまり考えてなかったから、恨みを晴らすと言っても大したことじゃないけど。でも、自分のしたことが、どういうことだったかを気づかせること。それを掛井君の前ですることをしたくなった。掛井君が背負ってきた罪は初穂ちゃんの罪だったと言っていいからね。それから、記憶を奪って僕と付き合っていると思わせたのも復讐のうちかな。でもそれはとるに足りないことだよ。記憶は、初穂ちゃんが掛井君を連れてきたら返すつもりだったし、実際そうしている。後は、僕という幽霊を見せて怖がらせたのも復讐の一つになったね。」
掛井君の言葉が止まったのを確認して僕は訊く。
「僕を恨んでいるのじゃなくて初穂を恨んでいるというのは解せないよ。だって早野君は僕に見せるように10階から飛び降りたじゃないか。誤って落ちたというけど、タイミングが良すぎる。僕に見せるために自宅のベランダから落ちたんだとしか考えられない。君は僕に水をかけられてから数日間は生きていた。学校にも行っていた。早野君、君は僕に飛び降りるところを見せる機会を待っていたんだろう?僕が病気を治して外に出られるようになり、そして君のマンションの前を通るのを待っていたんだ。偶然に君が落ちるのを目撃したなんて僕には思えないよ。」
僕はずっと早野君を死なせてしまったのは自分に責任があると思って生きてきた。この世にいない早野君に真意は訊けなかったが、僕の目の前で飛び降りた事実が、僕をそう信じこませたし、僕以外の人も皆がそう考えた。早野君がこれから何を言おうとしているのか解らないが、僕はやはり自分に罪があると思う。確実に初穂より罪深いと思う。
「それはそうだよ。偶然ではないもの。僕は掛井君を待っていたからね。」

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