目的ない潜考

目的ない潜考

青葉  2013-10-19 22:21:19 
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忘れないうちに、短い話を。

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  • No.26 by 青葉   2014-01-11 21:59:42 

敵意を込めた顔で初穂を見ている。

僕にではなく初穂に?何故だ?

そう思う。
恨んでいる僕に対しては気遣いさえ感じるような顔をするのに、初穂には不快そうな顔を向けている。
「早野君、君が命を絶つことを選ぶことになってしまったのは僕のせいだ。僕だけのせいだ。もう一度頼むよ。初穂は解放してほしい。」
初穂の頭をなでる早野君の手は、いつの間にか止まっていた。
「掛井君は勘違いているよ。そうやって初穂ちゃんを庇う理由なんて掛井君には無いんだ。」
早野君は僕を見つめる。僕に向ける顔には、やはり怒りが見当たらない。
「勘違い?」
早野君は頷く。
「何を?」
「何もかもさ。僕は掛井君のことを恨んでいない。そして、初穂ちゃんを許せないと思っている。」
僕は耳を疑った。僕を恨んでいないと言った。早野君の言動からそんな感じを受けたのは確かだが、言葉にされると戸惑う。僕は早野君に恨まれているのは確かだ。何せ早野君は自ら命を絶った原因は僕にあるのだから。
「どういうこと?早野君が何を言おうとしているか解らない。」
僕は早野君が何を考えているのか本当に解らない。早野君の次の言葉を待つしかない。
「僕はね、掛井君。掛井君のことが大好きで、初穂ちゃんのことが大嫌いなんだよ。」
早野君は僕を恨んでいないだけではなく、大好きだと言った。確かに言った。それは、僕が欲しい言葉ではあるが、信憑性はないと思う。
「僕は君に酷いことをしたんだよ。あり得ない。」
早野君は僕を見つめ続けている。それに耐えられなくなり下を向く。
「掛井君が僕に酷いことをした?僕には覚えがないよ。掛井君はいつでも僕の味方をしてくれた。一度も僕に酷いことをしたりしなかった。」
大いなる皮肉だと僕は感じた。
恨みを感じているからこそ、早野君は初穂を使って僕を呼び出したのだと僕は考えている。何らかの形で僕に恨みを晴らすために。
僕はどんなことであれ受け入れる覚悟でここに来た。なのに早野君は恨み言を吐こうとしない。それだけでなく、僕は酷いことをしていないと言う。

なぶられているのだろうか?

そんなふうに感じてしまい少し声を荒げてしまう。
「酷いことをしたよ!取り返しがつかない程の酷いことを!」
大きな声を出した僕を前に、早野君は僅かに哀しそうな目をする。
「掛井君が僕に何をしたと言うの?」
早野君の目を見て、僕はすぐに落ち着く。何であれ早野君に大声をあげるなどあってはならないことだった。
「マリモの瓶の中の水を早野君にぶちまけた。ずっと頼ってくれていたのに。僕は早野君の信頼を裏切ったんだ……。」
反省して声のボリュームを下げた。
「そうだよ。マリモの水をかけることで、僕を守ってくれたんだ。感謝しているよ、掛井君のこと。」
僕の心が掻き乱される。早野君が僕を恨んでないということは、僕にとって甘美なことこの上ない。しかし、あり得ないことだ。
「やめてくれよ早野君。僕が君に水をかけたあと、君は命を絶った。だけど、すぐにじゃなかった。僕は君に水をかけてから学校を早退し、病気で暫く家を出られなかった。その間君は生きていたよね。」
早野君は頷く。
「 君は僕の回復を待っていたんだ。そして、数日後に飛び降りるところを僕に見せながら命を絶った。そう、許さないというメッセージを残すようにして。どれだけ恨んでいるかを見せつけるようにして……。やめてくれよ早野君、僕に感謝しているなんて言うのは。君が恨んでいるのは僕だ。初穂じゃない。」
力のない声を出していた。早野君が自宅のマンションの10階から落ちていくシーンが思い出された。
「あんなところを見せてしまって、本当に悪いことをしたと思ってるよ。掛井君の心を深く傷つけてしまった。でもね、勘違いだよ。掛井君。」
早野君の目がいっそう哀しそうになった。
「何がだよ。何が勘違いなのか判るように言ってよ。」
そう訊くと、早野君は大きく息をついた。
「僕はね、飛び降りるところを掛井君に見せようとなんて考えたこともなかった。掛井君を恨んでなんかいなかったからね。だいたい、僕は死のうと考えたこともなかったんだ。僕は10階から落ちたけど、死のうとしたわけじゃない。さっき言ったように、落ちたんだ。あれは事故だよ。他の誰かが悪いわけではない。悪いのは誤って落ちた僕なんだ。」
「………。」
頭が整理できず、何も言えないでいると、早野君は言葉を続ける。
「掛井君の不幸は記憶がないことだよ。でも、あの時は病気で本当に辛そうだったから、状況を覚えていないのも仕方ないよ。掛井君は僕を守った。病気で人のことなんて構ってはいられないような状態でありながらもだよ。だから、僕は感謝しているんだ。」
「………。」
僕は疑問を投げようとしたが、何が疑問なのかさえ解らないほど頭が整理されていない。懸命に言葉を探していると、早野君は視線を僕から下の初穂にうつし、
「ここからの話は掛井君だけに聞かせることじゃない。」
そう言うと、
「起きろー!」
と初穂に向かって大声を出した。

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