青葉 2013-10-19 22:21:19 |
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眩しさを感じて目を開く。
願った通り悪夢から醒める。
そこは灯りのともった部屋だった。
僕は病院のベッドではなくソファーで横になっていた。何とも気だるく、体を動かすのが億劫だった。
僕はソファーで寝るようなことはしない。ここは何処だろうか。自分の部屋ではないと判るが、起きたばかりで現状をしっかり把握出来ない。部屋に置かれている物から判断して女性の部屋にいるようだ。
少しずつ記憶が戻ってくる。僕は居酒屋で酒を飲んでいた。そして、タクシーに乗った。誰かの家に行って、そこで意識を失った。意識がなくなったのは、アルコールを口にしたせいだろうか?
僕は辺りを見渡す。ぐるりと首を動かしていると、人が視界に入る。
そして気づく。ここは初穂の部屋だ、と。畠田先輩と飲んだ後に初穂に会い、初穂の家に来たことを思い出した。
僕が横になっているソファーの正面にテーブルをはさんで早野君が座り、早野君の膝を枕に初穂が眠っていた。
ああ、早野君がいる。小学生のままの早野君がいる。
僕は息を飲む。悪夢から醒めたが、さっきの悪夢以上の悪夢に自分がいることを知る。今度の悪夢は醒めるのだろうか?
夢の中に早野君が出てくることに不思議はない。しかし、ここは現実だ。
まだ悪夢を見ているのか、とも考えるが、そんな幸福は事態ではなく現実だと思う。何故なら僕は意識が遠退く前に同じ体験をしている。現実で早野君を見ている。だからあの時に僕は昏倒した。そう、アルコールのせいではない。現実では起こりえないことを体験して脳がショートしたのだ。一回目は脳が情報を処理できず都合が良いことにショートしてくれたが、二回目になると簡単にはいかない。ショートしてほしいがそうならない。
「掛井君、大丈夫?急に倒れるからビックリしたよ。まあ、考えてみれば当然か。」
早野君は寝ている初穂の頭を撫でながら僕に話し掛けてきた。
そうだった、逃げてはいけない。脳のショートを期待してはいけない。早野君は命をなくしているのに僕を呼び出し、何かを言いたがっているのだから。
「早野君……。」
言葉を出したが後が続かない。
何を言えば良いのか分からない。
早野君は何も言わずに僕の次の言葉を待っている。その表情は、僕を責めようという気持ちが感じられない。寧ろ温かみを感じるくらいだ。だが、早野君が僕を恨んでいることは間違いない。その顔が近く怒りに満たされることは判りきっている。だから早野君のその顔つきは不気味だった。
「早野君の夢を見ていたんだ。」
僕は無理矢理に言葉を発した。
「へえ、どんな夢?」
早野君は優しく訊いてくる。
「早野君が首を吊っていた。そして僕を許さないと言っていた。首を吊りながら、僕をのことを笑っていた。大笑いしていた……。」
僕は体を起こしソファーに座った。早野君を正面にすると僕は早野君を直視出来ず目を伏せた。
「何だか怖そうな夢を見たんだね。」
早野君は少し困ったような声を出した。
僕は頷く。
こんな話をして、早野君が言いたいことを邪魔している。
そう思った。
「でもね、掛井君。僕は首を吊ってないよ。飛び降りたんだよ。」
少し明るい声で早野君はそう言った。早野君が明るい声を出したのは、沈んだ僕の気持ちを配慮してるように思える。あの頃、優しい早野君はそんな気遣いをした。しかし、僕は心の中で首を振る。早野君が僕に心くばりをすることはない。早野君は僕のせいで自ら命を絶ったのだ。
「早野君、やはり君はこの世の者ではないんだね。」
さっき早野君は、飛び降りたと自分で言った。
「そうだよ。掛井君、僕は亡者だ。」
顔を上げて早野君を見ると、今度は早野君が伏し目がちになり、哀しそうな表情をしていた。
「早野君、僕は君が思う通りにするよ。君が僕の命を望むのなら差し出す。でも、悪いのは僕だ。僕だけだ。だから初穂は解放してあげてよ。」
早野君が怒りをあらわにしてからでは言えない。僕はそう思い、初穂のことをこのタイミングでお願いした。
「何で、そんなことを言うの?掛井君。」
早野君は微笑を浮かべて僕を見る。
「初穂を巻き込むことなんてなかったんだ。早野君が恨んでいるのは僕だ。初穂の前に君が現れる必要はなかった。直接、僕の所に来るべきだったんだ。初穂は関係ない。初穂を解放してほしい。それだけきいてほしい。後は君の言う通りにする。」
僕が懇願すると、早野君の表情は怒りに変わった。
「それは出来ない相談だよ、掛井君。」
早野君は下を向く。
言葉は僕に向けられていた。しかし、早野君は僕を見ていない。怒りの表情は、早野君の膝枕で眠っていた初穂に向けられていた。
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