青葉 2013-10-19 22:21:19 |
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早野君と一緒にいることで女子達にどう思われようが僕の状況は変わらなかった。
では何故、元々女子達と関係が悪かったうえにイジメの対象だった早野君と行動を共することが多かった僕がイジメにあわなかったのか。
それは僕と早野君との性格の違いにある。僕は僕を攻撃してくる者には反撃をした。少しくらいのことは我慢したが、執拗にされると反攻をした。かつて初穂の取り巻きの女子が初穂に気に入られようとしてか、僕にしつこく因縁をつけてきた時は逆襲してその子を泣かせてしまうことがあった。別に暴力を振るったわけではない。我慢の限界を超えた僕の怒声と勢いに呑まれたのだろう。僕がイジメにあわないのは、その一件で僕に喧嘩を売るならば覚悟が必要だと女子達は学んだのだと思う。もちろん影では色々と言われていたことは想像が容易につくが。一方、早野君は僕とは全く違った。早野君は攻撃に対して反撃に転ずるような激しさは持ち合わせていなかった。心優しい少年だった。イジメにあえば、自分に何か非があったのではないかと考える僕とは全く異なった思考の持ち主だった。早野君は自分が何か悪いことをしたのではないかと考えて悩んでいた。僕は早野君に何か非があって女子からイジメあっていたとは微塵も思わなかったから、何故に早野君がイジメあったのかは今でも疑問だ。
とにかく僕は早野君の逃げ場所ような存在となっていた。僕の近くにいれば女子達は早野君に何もしてこなかった。
そんな僕が何で早野君にあんなことをしたのだろうか。女子からのイジメなんか気にすることもなかった僕が、どうして女子達に媚びるように、早野君を裏切ることをしたのだろうか。僕はずっと自問してきたが答えは出ていない。
「掛井君、聞いてる?今、大事なこと話したんだからね。」
回想にふけていた僕は我に返る。
「え?ああ、ごめん。何だっけ?」
「やっぱり聞いてなかったんだ。生返事ばかりしてるんだもん。そうだと思った。」
不満そうに初穂は言ったが、
「帰ろうとしてたのに無理やり隣に座らせたんだから仕方ないか。」
と穏やかに言葉を続けた。
「ごめん、昔のことを思い出してて……、大事なことって?」
僕は初穂の言うことに集中しなければならない。初穂の思い通りにしなければならない。
「もう一回いうのは照れくさいんだけど。」
「ごめん、ちゃんと聴くから。」
僕がそう言うと、初穂は本当に照れた顔になって言う。
「じゃあ言うけど。あたし達、同棲してるの。」
「………。」
どんな言葉を発すれば良いのかやはり迷う。初穂は早野君が生きているという設定で話を進めている。
「あたし、高校を卒業してからアパート借りて一人暮らし始めたのよ。最近そこに翔太も一緒に住み出したの。親には内緒なんだけどね。」
初穂は恥ずかしがりながらも嬉しそうな顔をしている。
これが僕を責める為の演技ならば大したものだと思う。
「へえ、考えてたより二人の仲は進展してるんだね。」
僕は初穂の真意を探るセリフを吐いた。このセリフで初穂が怒れば、もう存在しない早野君が生きている様に話をすることで僕の心の傷に追いうちをかけているのだろう。初穂が怒り出したら、僕はその怒りを受け止めなければならない。
しかし初穂は、
「何だかねー、トントン拍子に同棲することになったのよ。」
自慢気な口調で満足そうな微笑を浮かべた。
僕は完全に解らなくなる。初穂の狙いが何なのか予想もつかない。その後、初穂は早野君との初デートから最近のデートの話や、初穂が作ったご飯を早野君は毎回美味しく食べてくれる話をした。僕は自分で言うのも何だか、それを実直に聴いた。結構な時間だったが誠実に耳を傾けた。
「あははー!ごめん掛井くん。人のノロケ話なんて面白くないよね。でも、言いたくなちゃうのよね。」
初穂は自嘲する。
何だか初穂はとても自然体にみえた。話を聴いている内に早野君は生きていて初穂と本当に楽しく過ごしているように錯覚するほどだ。いや、錯覚などではなくリアルな話を聴いている感じになる。
そんな初穂の言動から一つの考えが生じる。
初穂は僕への恨みを晴らそうとしている。それは間違った考えなのかもしれない。では、何故に早野君が存在しているかのような話をするのか。存在しない早野君と一緒に過ごしていることを嬉々と僕に話をしてくるのか。
初穂から悪意は感じない。嘘をいっている感じもしない。
ならば初穂は本当の事を言っていることになる。
だが早野君はこの世にはいない。
だから僕は思う。初穂は嘘はついていないが、現実ではないことを話していると。
おそらく初穂の頭のなかでは早野君が生きているのだろう。それが酔っている今だけの空想というレベルなのか、普段から早野君が存在していると考えている病的なレベルなのかは今は判断できない。でも、そんなに酔っているようにみえない。
初穂が僕に復讐心がないならば少し病的な所があるだろう。あくまで初穂に悪意がないという前提だが、そう感じる。
僕にとって初穂に復讐されているのより、初穂が病的になっている方が堪える。僕の罪は重い。早野君の人生だけでなく、初穂の人生まで狂わせているのだから。
「ねえ、掛井君。これから家に来ない?翔太に久しぶりに会ってよ。」
初穂が飲み終えたグラスを置いて言った。
ああ、早野君が呼んでいる。
僕にはそう思えた。
初穂にとって早野君は存在している。が、初穂の家に行ったところで僕は早野君の存在を感じることは出来るはずがない。でも僕は行かなければならない。初穂から逃げてはいけない。逃げては罪から逃げることと同じだ。
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