ヒビヤ 2012-08-22 00:19:39 |
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■ある少女の涙。8月15日 11:30 『実験都市』内 『研究施設』内 『バイスの研究室』 エネ
エンターキーを押し込もうとしていたバイスが突然消えた。
正確には、『現実世界』の照明が一度落ちたようだ。
同時に私のいるパソコンも『電源』モードから『電池』モードになる。
『研究施設』や、もしかすると『実験都市』全体のブレーカーが落ちたのだろうか?
バイスは周囲が暗闇に覆われたと同時にすっ転んだようだった。
舌打ちと共に、どこか打ったのか「いってえー」という情けない声が聞こえた。
「おい、エネ! お前まさか何かやってないだろうな!」
「言い掛かりも良い所だ。さっきお前自身がネットアクセスを切ったし、
『研究データ』へのアクセス権限も自分で取り上げたんじゃないか。
今の私に何かが出来ると想うか?」
「そりゃそうか……」
案外素直に俯く『科学者』。今まで私を消し去ろうとしていたヤツの言動とは想えない。
精神にどこか幼い所があって、それで憎み切れない性格をしているのが困り物だった。
「ちっくしょ、お前のデリートの為に組んでたプログラムがパァだよ……全く今日は厄日だな……
お前と遊んでる暇はもうないや」
煌々としたパソコンディスプレイの画面に照らされつつ、バイスがぼやく。
どうやら私は普通のパソコンのアプリケーションとは違い、
『消去』(デリート)にも時間が掛かるらしい。取り敢えず私は難を逃れた事にホッと息を吐いた。
誰が『研究施設』の電気をふっ飛ばしてくれたかは知らないが、
その人達は私の救世主であるようだった。
『科学者』は、
「今度こそ、本当に! 絶対に! 邪魔すんじゃないぞ! デリートする暇はないけど、
今度邪魔したら永久に出られないように圧縮して、どっかネットの隅っこに転がすからな!」
と言って、どうやら『研究施設』の電源の復旧に取り組み始めたらしい。
仕方がないので、私は『科学者』のやることを眺めているよりなかった。
更に10分程が経過すると、『科学者』の部屋の扉が唐突に開き、
数人のフード付きパーカーを着た青年と女性、合わせて四人が突入してきた。
彼らは『方法』はイマイチ分からないが、簡単に『科学者』をのすと、
「お前を助けに来たんだ……」
と言いながら、私をメモリースティックに移す。
黒髪の少年がにっこりと微笑みながら、私に尋ねた。
「君の名前は?」
「エネ……」
二度殺されると想っていた。世界には救いなんてなく、『白衣の科学者』に歯向かおうと考えても、実際には私はすぐに『消去』されるだけの存在でしかなかった。
そんな私を、この人達は、救ってくれた――。
私だけ救われる事に、罪悪感が浮かぶ。
しかし、私はそれでも込み上げる涙を押し留める事が出来なかった。
かなり慌てているらしい彼らに、完全にメモリースティックに移された私の中で、
静かに『意志の炎』が燃えるのを感じる。
――『この人』達となら、出来るかもしれない。
あの頭でっかちな『科学者』に痛快な一撃を食らわせ、更には『ルナ』を救出する事が。
私は薄暗いメモリースティック内で、静かに思考を巡らせる――。
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