星瀬恋歌 2025-03-01 19:22:26 |
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続き
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どれくらい歩いたのか分からない。
夕暮れが街をオレンジ色に染め、怜花は細い路地に迷い込んでいた。
さっきの出来事が、まだ胸の奥で冷たく疼いている。
――自分は、幽霊なんだ。
その事実をどう受け止めればいいのか、怜花には分からなかった。
ただ、人の声のするほうへ歩きたくなった。誰かに気づいてほしくて。
でも、通りすがる人たちはみんな、彼女を見ない。
そんなとき、路地の奥で、誰かがしゃがみこんでいるのが見えた。
制服姿の少年。壁にもたれ、膝を抱えている。
怜花はそっと近づいた。
「……大丈夫?」
返事はない。
けれど、彼の前髪の隙間から見えた碧い瞳が、ちらりとこちらを見た。
その色は、勿忘草と同じ淡い青――だけど冷たく鋭い光を宿していた。
思わず、肩が跳ね上がる。
「……なんだ、おまえ。声かけんなよ」
少年は低く言った。
怜花は戸惑いながらも、ハッとして彼から目を逸らす。
「えっと……ごめんなさい。でも、なんだか寂しそうだったから」
「寂しい? ……は。人の顔も見ねぇで勝手に決めんな」
言葉は冷たいけれど、どこか震えていた。
怜花はその声の揺らぎに、なぜか懐かしさを感じた。
「ねぇ……あなた、私のこと見えるの?」
少年――翔太は、眉をひそめた。
「見えるけど。何言ってんだ? 当たり前だろ」
「本当に……?」
怜花は恐る恐る、手を伸ばした。
彼女の指先が翔太の肩に触れた――瞬間。
すり抜けなかった。
温かい感触があった。
怜花は息を呑んだ。翔太も同じように驚いたようで、肩をすくめる。
「おい……今の、なんだ?」
怜花は小さく笑った。
「……よかった。あなたには、ちゃんと……私、いるんだね」
翔太は顔を背けた。
「意味わかんねぇこと言うな。……幽霊かよ、お前」
怜花は黙って頷いた。
そのとき、沈みゆく夕陽がふたりを照らし、影を伸ばした。
怜花の足元には、やはり影がなかった。
でも――翔太の影の隣に、淡い光のようなものが寄り添っていた。
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